ネパールNGOスタッフ学校設立に向けて

2010年4月23日金曜日

初めてのネパール

まずはカトマンズ空港内でのトラブルから。
ビサは現地取得の方が安いと言うことで、日本では取得しなかった。到着が1時間程遅れたことから、前の便の旅行者が列をなしており、ビサなし入国審査の窓口が滅茶苦茶に混雑していた。空港に迎えの人が来る場合、日本で取得しておいた方がスムーズに進むかもしれない。僕の場合は航空機の遅れと空港が混雑していたことから、迎えの人を2時間程待たせてしまった。
現地でビサを取得する人は記入フォームが英語なので、事前にフォームをダウンロードし、記入しておいた方が良い。申請フォームが変更されることもあるので、最新情報を自分で検索してください。(写真も必要。)

カトマンズ空港にはNGOの理事長と現地スタッフ(通訳:以降Gさん)が来てくれたのだが、タクシーでホテルに着くなり、パスポートも着替えも持たず、両替すら済ませていないうちに、いきなりタンセンという町に行くことになった。今日中にタンセンまでいきたいので、大急ぎで出発しないといけないらしい。同行者にはカトマンズ市の部長クラスの人も居るらしい。5人乗りの車になんと8人で乗り込む。ネパールではこの位は当たり前らしい。中に入りきらないときは屋根に乗っけて行ったりしている車もよく見かける。

カトマンズに着いて早々、いったい何がどうなっているのだと思いながらも、車の窓から町を眺める。ちょっとゴミゴミしていて埃っぽいが、活気に溢れる町だ。理事長は僕の隣の席で、この国の習慣や文化について色々と説明してくれた。ネパールで18年もNGO活動をしているだけあって、さすがに詳しい。

カトマンズ市内の人力車は観光客には高い料金をふっかけているが、地元の人は安い料金で乗っていると言うこと。トリブヴァンハイウェイのハイウェイは国道の意味。途中で事故って谷底に落ちかけている車を何台か見かける。ネパールの道路は深夜には飲酒運転が多いことから本当に危険で、地元の人達も深夜のバスに乗るのは避けていると言うこと。トラクターは馬力が強いので荷台を引かせ、トラックの代わりに使われていると言うこと。
僕はその一つ一つを記憶に刻んでいく。この国で暮らしていく覚悟を決めた以上、一刻も早くこの国の文化になじまなければならい。環境に適応するのは比較的早いほうだが、海外、しかもネパールで暮らしていくのは僕が考えていた以上に大変なことも多いと思う。特に僕はネパール語が全く話せず、英語も少ししか話せないのだから・・・・。

ネパールの料理はおいしく戴くことができた。ネパール人は口を付けずにペットボトルの水を回し飲みしているのにビックリ。客が来てから米を炊き始めるという店のスタイルにも驚いた。(ネパールの田舎では当たり前らしい。)そして更に、その食べっぷりの見事さに驚いた。(日本人の倍以上の量をすごい勢いで食べていた。)
右手で食べるのは初めてだったが何とかなった。生水と生野菜は取り敢えず手を付けないことにする。少し衛生面で心配なところが多かったが、とりあえずはやっていけそうだ。

タンセンに到着したのは夜になった。途中かなり無茶な飛ばし方をしていて心配になったが、深夜の道は危険なため敢えて飛ばしたのかもしれない。ホテルは満室だったので町の有力者の家に泊めてもらうことになった。ネパール人は深夜突然の訪問にも全く嫌な顔をしない。本当におおらかである。この日僕は初めてのネパールに戸惑いながらもぐっすりと眠ることができた。