ネパールNGOスタッフ学校設立に向けて

2010年6月14日月曜日

ネパールへの長期滞在の壁

こちらに来てから迷っていたことがある。NGO活動を行うに当たってネパールでの長期滞在VISAをどうやって取るかについてである。理事長の話では今までのカトマンズ事務所はすべて自分でVISAを取得していたらしい。
まず、このNGOで長期的にやって行けるのかという問題がある。僕の理想はあくまで自分を慕ってくれる身寄りのない子供たちのために小さな学校を創りたい。ただそれだけである。困っている人を助けてあげたいという気持ちは僕の中にもある。ネパールが抱えている人身売買や人種差別、貧困や都市インフラ等の問題を理事長が解決したいと考えているのならその手助けをしたいと本気で思っていた。しかし、うちの理事長は「我わが道を行く」タイプの人で僕の意見に耳を貸すことはほとんど無い。孤児院を建設するというプロジェクトは現実に動き出しているが、その中に僕の理想の教育に対する理念が組み入れられることは無い。そして、日本語が話せるスタッフ二人は理事長に命令された仕事をこなすことに手一杯で僕が彼らの力を借りることはほとんど出来ない。つまり、ネパール語が話せない僕はこの国に来て自分で誇りに思える仕事をしたことなどまだ一度も無いのだ。

そして、この国で長期滞在のVISAをとるのは簡単なことではない。ノンツアリストビサを取るのは非常に面倒な手続きが必要でかなりのお金もかかる。トリブヴァン大学付属のビソバサ日本語学校に入学するためのスタディービサ位ならそれほど苦労はしないが、せいぜい数年の滞在が限度だ。ネパリの女性と結婚するのが一番楽だが、長期滞在をするVISAを取得するために心の通い合っていない女性と結婚するなど論外だ。

正直な気持ちとして、ネパールの法律と公務員の勤務態度を見ているとネパールで困っている人達の力になってあげたいという気持ちが萎えて来る。世界中に困っている子供達がいる国などたくさんある。どうしてもネパールで活動をしなければならない理由は僕には無い。

事務所に任せていてもなかなか動き出しそうに無かったので、自分で出来るところまでやってみることにした。正規の続きでVISAが取れないなら、この国から去るだけだ。
僕がそう口にしたとき、日本語の話せるネパール人の友人が仕事を休んで手伝いに来てくれた。子供たちの力になりたいという夢を持ってネパールに来たなら簡単にあきらめないで欲しい。自分も出来る限り力になりますといってくれた。彼の両親は彼が7歳の時に亡くなっている。それ以降はおばさんの家で育てられ、日本にも留学している。もちろん、お金等は一切請求されていない。

カトマンズでは日本人を見るとお金目当てで近づいてくる人間も少なくないが、旅行雑誌で書かれているように危ない人達ばかりでは無い。パスポートを置き忘れたとき届けてくれた人。風邪で体調を崩したとき薬をくれた人、そして、今回のように自分の仕事を休んでまで力になってくれる人もいる。この国の素朴でやさしい人達のために、出来る限りのことをしてみようと思った。