ネパールNGOスタッフ学校設立に向けて

2010年7月24日土曜日

ライフサイエンス

近年はES細胞やiPS細胞、細胞の寿命を決めるテロメアの研究も進み、人間の寿命が大幅に延びる可能性が高まっている。何十年後かの未来には不老長寿なども実現する可能性はある。しかし、それは本当に人類に幸福をもたらすものであろうか?
単細胞生物の多くには寿命が無い。栄養と生存環境が整っており、外敵による脅威がなければ永い時を生き続ける。生命に寿命という概念が生まれたのは、およそ15億年前に有性生殖による子孫が生み出され、生命の多様化が生存競争を激化したことによる必然だと言われている。
有性生殖が生まれる前は、細胞が持つDNAの変異とそれに伴う生存競争のみが、ゆるやかな進化を司っていた。しかし、有性生殖が生まれ生命の進化と多様性が爆発的に進み、現代に至る。
生命進化の歴史から読み取れる原則は多様性と適者生存である。人類は地球上でかつて無い繁栄の時代を築いたが、それは他の生命や自然を絶滅や破壊に追いやって良い訳ではない。地球の生命と自然は、極めて長いサイクルで連鎖と循環をしている。数億年にわたって石油や石炭として固定化した炭素資源を百年程度の短期間で使い尽くせば自然のバランスは崩れるに決まっているし、爆発的な人口増加と都市化や工業化は他の生態系を歪める巨大な圧力となる。
そして、これまでに世界で推し進められているグローバル化は、貧富の経済格差を二極化する。世界を押し潰すまでに増加した人類全員に不老長寿の技術が使われることは有り得ないし、強欲で奸智に長けた一部のエリートのみがその様な長命を得たとき、この世界はどのような事が起きるのであろうか?僕にはそれがとてもおぞましいものに思えてならない。
衣食足りて礼節を知るという諺があるが、現代の資本家達の欲望には限度がない。昔見た映画の一節に「お金は肥料のようなもの」という言葉が出てきたことを覚えている。適切な場所に適切な投資や出費をすることで社会は健全に潤う。お金を独占し、豪華な生活や権力を求める人達が増えると社会は腐敗する。そして彼らは自らを高貴なる者などと名乗り労働者を見下し、如何に低い賃金で酷使するかに知恵を絞ることを知性などと思い違いをする。
僕は人間が老い、死を迎えるのは自然なことだと思っている。人間は肉体だけではなく、精神も老いる。僕の両親は二人とも既に他界しているが、僕は自分の母親が老い、死を迎える過程を共に過ごし看取ることで初めて老いというものを実感した。
僕には現代の社会は間違った方向に進んでいるように思えてならない。国際社会での地域格差はますます広がっているし、先進国内でもグローバル化のため、労働者の賃金切り下げや失業率の上昇など問題は深刻化している。政府の債務超過による通貨危機も深刻だ。後進国への金銭的援助は本当に援助が必要な人達の手に届かず、権力者や汚職をする人、金銭的な援助を受けることを目的としたNGOの人件費に消えてゆく。その上、援助を必要としている貧困国での人口増加は止まらず、貧困者の数はますます増えてゆく。
バイオテクノロジーによる不老長寿は、世界で進んでいる格差社会を決定付け、自然との調和や共生を断ち切る、吸血鬼による世界支配のような恐ろしい技術に思えてならない。