いよいよネパールでの仕事として、NGO活動とトラベル・エージェンシーを始めることにした。NGO活動に関しては孤児を対象に日本語やIT技術を教える等、小規模で個人的な活動に留まる限り登記の必要は無い。ただ、外国人相手にガイドやサービスを行う仕事はTourism Board等の認可が必要なことから、まずはトラベルエージェンシーの会社登記をすることにした。僕はしばらく前から日本語学校を辞め、ネット等で事業の企画と下調べをしていたのだが、奥さんも1月末で日本語学校の仕事を辞め、新事業の準備にかかることとなった。
ネパールの法律では日本人の僕は会社をつくることも働くこともできない。(製造業等で投資金額が10万ドルを超える場合は外国人でも起業可能)そのため会社は奥さんの名義で設立し、僕は個人的に奥さんのサポートをすることとしたのだが・・・。
ネパールでビジネスを始めるという事は大変なことだと改めて理解する。やるべき事が日本のように本にまとめられている訳でもネットに細かく掲載されているわけでもないので、色々な人に聞きながら仕事を進める必要がある。日本のように役所の人が手続きを説明してくれるわけではない。会社設立等の手続きでは賄賂を要求されるし、断ると手続きに相当な時間がかかる。(一度賄賂を支払うと、今後何度も要求されると思い断ることにした)頼んだ仕事は期日どおりにやってくれない。おまけに品質はかなり酷い。もっとも価格は日本の数分の一なので文句を言う方がおかしいのかもしれない。僕は日本で会社を設立し経営していた事があるので、こういう手続きが必要だということは大体わかる。しかし、僕では言葉が通じないし賄賂等を断る事が難しくなるため、手続きはすべて奥さんにお願いした。
ネパールで事業を始めるには日本でやる以上に確認と根気と忍耐が必要になる。もっとも日本で事業を始める事がネパールより楽だという訳では無い。日本では事務所の設立等に桁違いの初期投資がかかるし、人件費等の運営費もしゃれにならない。何より、大企業が質の高いサービスを提供しているので新設企業は太刀打ちできない。その点ネパールは競業他社のレベルは低いし市場の隙間や今後の経済発展の余地がある。今回の手続きでは時間はかかったし色々と苦労をしたが(主に奥さんが)、良い勉強になったと思う。
今回作成したホームページ:
http://coope.jpn.org/
身寄りのないネパールの子供達のために、学校を創りたいと考えた筆者の体験ブログ。現在は個人として今までネパールで関係のあったNGOや学校とボランティア活動中。目標はネパールで理想の教育を実践し、かわいい子供達と楽しい生活を送ること。
2011年10月30日日曜日
ネパールの親戚付き合い
ネパールではダサインに続きティハールと言う大きな祭日がありました。日本に住んでいる姉にネパールの親戚関係について教えて欲しいというメールがあり、その休みを使って等親図の作成にチャレンジしてみたのですが・・・。
奥さんの本当のお母さんは彼女が10歳の時に亡くなっていて、お父さんは再婚しています。お父さんの兄弟は4人、今のお母さんの兄弟は6人。それでもって本当のお母さんのお父さんは奥さんが二人いたようで(実の姉妹)、義母のお姉さんの子供が6人、義母の子供が5人・・・。
おまけにネパールでは目上の人は名前で呼ばずに間柄で呼ぶと言う事(ディディ:姉や年上の従姉妹、ビナジュー:ディディの夫)。その上近ごろは英語(ダディー、アンクル)で呼んでいることも結構あり・・・。従兄弟や甥・姪の数は?呼び方は?愛称は?本当の名前は?・・・。もう目茶苦茶(*^_^*)
奥さんも全員の顔と名前は覚えていません。写真も手元に無い人の方が多いです。実家でアルバムも見せてもらいましたが・・・。冗談みたいですが本当の話です。
なんとなく覚えているで仲良くやっていけるのがネパール人。そして、数多い親戚の中でもやはり特別に親しい人はいます。決して豊かとは言えないネパールの生活で、自分の生活を切り詰めてまで奥さんのことをかわいがってくれた人・助けてくれた人。ネパールでは家族や親戚の付き合いをとても大切にします。僕はそんな奥さんのことを大切に思ってはいるのですが・・・。
ネパールの親戚付き合いは結構大変です。そして文化の壁はやはり大きい。人間として誠実で思いやりのある人だと敬意を持つことはできるのですが、彼ら・彼女達の話題は日本で育った僕には関心が持てない。食事や健康等身の回りの話を何度も何度も繰り返されると、はっきり言ってとても困る。僕は最近ネパール語の勉強をしていない。その理由は、ネパール語が話せないことを親戚の人達との話の輪に入れない事の言い訳に使っているから・・・。
僕は奥さんのことをとても大切にしている。彼女が大切にし、そして彼女を大切に思ってくれている人達との人間関係を壊したくない。けれども僕たちのプライベートな生活は守りたいし、親戚とは有る程度の距離を置いて付き合いたい。ネパールでどうしてもやり遂げたい事がある僕にとって親戚付き合いはとても時間と神経を使う問題なのである。これから先の人生をネパールで過ごしていく上で僕はわがままなのだろうか?
2011年7月2日土曜日
ネパールの日本語学校
奥さんが教えている日本語学校での仕事にもようやく慣れてきた。日本語教師の資格や経験があるわけではないが、日本のように細かい規定があるわけではない。奥さんや他の先生たちの授業を参考にし、授業の予習と準備をしっかりするようにした。
生徒たちは二十歳前後で初級者レベルの人達が多い。僕はネパール語が話せないので中級者レベルのクラスを受け持つことになった。ネパールの日本語学校は初級の日本語検定を取って日本に留学したいと思っている生徒が多いため、中級以上の生徒は少ない。特に、最近は日本の景気が悪くなっているため、日本語を勉強する学生の数も減っている。
生徒は昼間働いている人達が多いので、早朝のクラスを選ぶ人が多い。中級クラスは数ヶ月程度しか日本語を勉強した事が無いはずなのに、日本語で進める授業によくついて来ている。ネパール人は日本語を含む外国語会話が得意な人が多い。漢字が苦手な人が多いので読み書きは苦手な人が多いものの、気持ちを日本語で伝えることについては驚くほど堪能な人が多い。ネパールに来て1年以上になるのに未だにネパール語が話せない僕は、ただ感心するばかりだ。
カトマンズは日本語を話せる人達が驚くほど多い。そして日本人に好感を持ってくれている人達も多い。それにはJICAやNGOの活動がネパールの社会で認めらているところが大きい。とは言うもののネパールで日本語を勉強する人の数は減ってきているし、日本語を生かせる仕事を探すことも困難だ。日本に留学し、仕事を見つける事ができる人達も経済的な余裕がある人達が大部分を占めている気がする。これからの日本とネパールの関係は厳しくなっていきそうな気がする。
生徒たちは二十歳前後で初級者レベルの人達が多い。僕はネパール語が話せないので中級者レベルのクラスを受け持つことになった。ネパールの日本語学校は初級の日本語検定を取って日本に留学したいと思っている生徒が多いため、中級以上の生徒は少ない。特に、最近は日本の景気が悪くなっているため、日本語を勉強する学生の数も減っている。
生徒は昼間働いている人達が多いので、早朝のクラスを選ぶ人が多い。中級クラスは数ヶ月程度しか日本語を勉強した事が無いはずなのに、日本語で進める授業によくついて来ている。ネパール人は日本語を含む外国語会話が得意な人が多い。漢字が苦手な人が多いので読み書きは苦手な人が多いものの、気持ちを日本語で伝えることについては驚くほど堪能な人が多い。ネパールに来て1年以上になるのに未だにネパール語が話せない僕は、ただ感心するばかりだ。
カトマンズは日本語を話せる人達が驚くほど多い。そして日本人に好感を持ってくれている人達も多い。それにはJICAやNGOの活動がネパールの社会で認めらているところが大きい。とは言うもののネパールで日本語を勉強する人の数は減ってきているし、日本語を生かせる仕事を探すことも困難だ。日本に留学し、仕事を見つける事ができる人達も経済的な余裕がある人達が大部分を占めている気がする。これからの日本とネパールの関係は厳しくなっていきそうな気がする。
2011年6月20日月曜日
日本語教師の仕事
ネパールで新しいビジネスを始めようと思っているのだが、なかなか思ったようにはいかない。ネパールでは人口の80%が農業に従事しているので、この国を良くする為には農業の効率化を進めなければいけない。そう考えてローテクでできる安価な水耕栽培の実験を始めてみたのだが、見事に失敗。水耕栽培用の道具は自作してみたのだが、水漏れが止められず、また一部の部品で耐久性のありそうなものが見つからずに挫折した。液肥の成分等を調べ化学的に合成してみたりもしたのだが、ネパールではコスト的に採算が取れない。自分の専門分野でも無いので他の事業の可能性を探すことにした。
自分自身の面倒も見られない人間が他人を助けることなどできるはずが無い。そう思ってネパールで出来る事を色々探してきたが、なかなかこれといったものが見つからない。自家醸造のお酒や納豆・もやし等の食材やそれらを使った料理を作ったりもしてみたが、その程度のことは既に他の日本人がやっている。最近はレストランやパン屋等が増えたが赤字の店がほとんだ。とてもじゃないが生活の基盤を作り、この国をより良く変えていく力にはならない。事業を始める場合はこれから成長する分野で独自性を持った内容にしなければならない。僕にはもう少し時間が必要なのかもしれない。
そんな事を考えていた折、奥さんが日本語を教えている学校で日本語教師をして欲しいという話が出てきた。はっきりいって日本語教師の仕事はお金にならない。授業の1コマが175ルピー。土日は休みで一日の授業は1~2コマ。(*^_^*)
しかし、カトマンズでの多くの仕事はこんなものだ。フルタイムで常勤の仕事をしている人は少数である。失業者の数は多く、働く意思はあるものの充分な仕事が無い人はもっと多い。僕自身は利子生活者のため無理に働く必要はないのだが、今後の活動のためには人間関係をつくっておく必要がある。また、教育の仕事に携わりたい僕にとって、何か得ることもあるだろうと思い、しばらく日本語教師をしてみることにした。
自分自身の面倒も見られない人間が他人を助けることなどできるはずが無い。そう思ってネパールで出来る事を色々探してきたが、なかなかこれといったものが見つからない。自家醸造のお酒や納豆・もやし等の食材やそれらを使った料理を作ったりもしてみたが、その程度のことは既に他の日本人がやっている。最近はレストランやパン屋等が増えたが赤字の店がほとんだ。とてもじゃないが生活の基盤を作り、この国をより良く変えていく力にはならない。事業を始める場合はこれから成長する分野で独自性を持った内容にしなければならない。僕にはもう少し時間が必要なのかもしれない。
そんな事を考えていた折、奥さんが日本語を教えている学校で日本語教師をして欲しいという話が出てきた。はっきりいって日本語教師の仕事はお金にならない。授業の1コマが175ルピー。土日は休みで一日の授業は1~2コマ。(*^_^*)
しかし、カトマンズでの多くの仕事はこんなものだ。フルタイムで常勤の仕事をしている人は少数である。失業者の数は多く、働く意思はあるものの充分な仕事が無い人はもっと多い。僕自身は利子生活者のため無理に働く必要はないのだが、今後の活動のためには人間関係をつくっておく必要がある。また、教育の仕事に携わりたい僕にとって、何か得ることもあるだろうと思い、しばらく日本語教師をしてみることにした。
2011年5月25日水曜日
新しい生活
ネパールで結婚式をして一月余りが過ぎた。
当初心配したような大きなトラブルは無く、奥さんとは仲良く暮らしている。無論、生活習慣や文化の違いから来る意見の相違は枚挙にいとまがない。けれども結婚をし、生活を共にすることで初めてネパールの文化を実感できるようになったと思う。
ネパール人は信仰心が強い。それぞれの家には神棚があり、朝と夜の食事の前には神様に水と線香をささげ、お祈りをする。街にある店からも、朝は線香の煙が漂ってくる。家の門には神様の絵が飾ってある事が多い。
両親は仏教徒だったが、僕自身は宗教には特に思い入れが無い。よって結婚式や神様のお祈りも、その人が生まれた時から慣れ親しんできた文化だと思い、奥さんの自由にさせている。本当は宗教よりも自分なりの世界観や合理的な生活習慣を身につけて欲しいと思っているが、少なくとも当分の間はそれは望めないだろう。ただ、奥さんは鶏とヤギ以外の肉は食べないので、その辺りの食習慣だけは早く替えて欲しいなーと思っている。(あと、やたらと辛いものが好き。)
ネパール人の食事は朝と午後にカジャといわれる軽食、そして昼前と夕方にダルバートなどの食事を取る。僕達は朝にパンとチャー(紅茶)の軽食、昼前と夕方に日本風とネパール風の混ざった食事、午後はカジャを食べる事が多い。食器や調理器具、生活用品は結婚前に僕が使っていたものを使い続けているので生活は日本式に近い。彼女が日本語を話してくれることもあるので、食事以外の点では日本の生活とそれほど変わっていない。しかし、僕自身は結婚前と比べて・・・?
結婚すると生活のリズムや行動様式が結構変わる。相手の性格によるところも大きいだろう。僕は結婚するまで、家族に対してもこれほど誰かに打ち解けて生活したことは無かったように思う。ただ、二人でいると冗談やじゃれ合いで計画的、生産的な事が進まなくなる。こんなにバカな事ばかり続けていてはダメな人になってしまうと思うのだけれども・・・。
2011年4月26日火曜日
ネパールでの結婚
ネパールで新年を迎えた次の日、ようやく彼女との結婚式を挙げる事が出来た。僕が外国人で彼女との年齢も離れていたことから結婚に反対していた親戚も多かったのだが、結婚式には百人以上の人達が出席し楽しい雰囲気のもと行われた。。僕が外国人のため、ヒンディーの寺院で式を挙げることは出来なかったのだが、家の近くにあるパーティーパレスで結婚式を挙げ、その後パーティーパレスで披露宴?を行った。パーティーが進むと子供たちや女性たちが音楽に合わせて踊りだし、彼女や僕も一緒に踊ることとなった。ネパールの結婚式はオープンでちょっとした知り合い等でも気軽に参加しやすく、盛り上がると踊りだすことも少なくない。心配していた親戚の人達との関係もそれなりに打ち解け、受け入れてもらえたように感じる。結婚に反対していた親戚たちも、彼女のことを心配していただけで僕の事を嫌っているわけではない。結婚式の後はお祝いの電話も頻繁にかかって来て、挨拶等が大変だった。
ネパールでは結婚式の後、夫が妻の実家に泊まる儀式がある。恥ずかしい話だが、結婚するまで僕は彼女の家に一度も行った事がなかった。彼女が家に行くことを嫌がった為だが、この日は彼女の家族にたいそうもてなして貰った。確かに裕福な家ではなかったが、カトマンズ市内とは異なり自然がとても美しい場所で、家族の絆も深く、彼女がとても家族の人達に大切に育てられたのだと感じた。僕がネパール語をまだ話せないことから充分な会話は出来なかったのだが、その雰囲気は充分に感じ取れ、またこの人達ともっと打ち解けるためにネパール語を勉強しなければと思った。その後、彼女の生活を心配した兄と弟が僕たちの家に来てくれたのだが、楽しそうな彼女と家の様子を見て安心してくれたようだ。
それからようやく新婚旅行。最初はインドに行こうと言っていたのだが、この時期のインドはとにかく暑い。これからネパールでビジネスを始めるために必要な物を買いに行きたかったのだが、新婚旅行に仕事を持ち込むのもあんまりなので、今回は見送ることにした。僕はポカラにはNGOの関係で2回程来た事があったのだが、箱入り娘の彼女は今回始めて。飛行機を使っても良かったのだが、外国人はネパール人の3倍位のお金がかかるため、今回はバスを使った。しかし、バスにそれほど長く乗ったことのない彼女はバスに酔ってしまい大変だった。
ポカラは確かにきれいな町なのだが、ポカラの観光業に関わるネパール人は感じの悪い人が多い。外国人を見かけるとしつこく声をかけ、料金を吹っかけてくる人、一度決めた料金に文句をつけ料金を水増しする人。表面的な飾り付けのみに気を配り、客の立場に立ったサービスを全くしない人。こういう人達と関わると、せっかく自然の美しさに癒された心も後味の悪い物となる。レイクサイドの観光地はこういった人達が特に多い気がする。一方市街地から少し離れた農村部には今も人々の素朴な営みがある。ダムの下流では水場に人々が集い、水浴びや洗濯をしていた。ネパールの農村部に住む子供たちはどんな宝石よりもきらきらと輝く瞳で元気に遊んでいる。同じ人間であるはずなのに、どうしてこんな瞳をしているのだろうと不思議に思う事がある。いつの日か僕はこのように輝く瞳を持つ子供達と幸せな家庭をつくる事ができるのだろうか?
2011年1月10日月曜日
ネパールの情報化推進サイト
ネパールで現在一番力を入れなければならない開発案件は情報化だという意見がある。僕もこの意見に賛成である。海外からの資金援助はこの国を大きく発展させてきたが、同時に政治や官僚の腐敗を生み自立性を失わせた。海外からの資金援助で始められたプロジェクトが、そのプロジェクト期間のみ活動し終了と共に解散してしまう例は非常に多い。(最近では過去の反省から改善されてきている。)僕は資金援助ではなく情報化を支援する一個人としてインターネットの情報サイトを立ち上げる準備をしている。
情報サイトはWikiaを使い、最初はネパールでの生活情報や保健衛生知識、政治経済の基礎知識やビジネス情報を載せて行こうと考えている。そんなサイトは沢山在るではないかと言われればそのとおりである。ただ、個人のブログ等は沢山あっても、実際に有用な情報を集め必要な情報を検索できるサイトは無い。新聞に掲載される情報に関しても、政治屋の縄張り争い等どうしようもなく低レベルな記事がほとんどである。これでは国民の意識レベルは向上しない。最初は日本語のみの為、保健衛生や現地で手に入る食材や便利な品物等の買い物情報から、彼女にネパール語の翻訳をお願い出来るようになってからは生活をより豊かで便利に出来る情報を載せていきたい。
ネパールで無償のNGO活動というと大変な事をしているように聞こえるかもしれないが、実際にはそんなことは無い。500万ルピーをHimalayan Bankの一年定期預金に預ける際利子を交渉すれば年利11.5%になり、利子だけで生活していく事が出来る。仕事や生活の支援をしてくれるスタッフが必要なら日本語学校等を周れば月に1万ルピーもかからない。(僕の場合は今の彼女が無償で手伝ってくれた。)家電製品や家具なども日本に比べると品質やセンスに問題のある物が多いが、探せばそれなりに良い物が日本よりも遥かに安く手に入る。家賃などは月1万ルピーで夫婦二人でそれなりの生活ができる部屋が借りられる。食事等も良いレストランは探せばあるし、自炊をすれば日本と変わらない食事も出来る。日本では今時少ない素直でかわいい彼女と結婚も出来、ネパール人女性と結婚をすればビサの取得も問題はなくなる。きちんとした情報収集さえ出来れば、円高不況で大変な日本と異なり、ネパールでは結構楽な生活ができるのだ。
それは多くのネパール人にとっても言えることである。マイクロファイナンスで融資を受けビジネスを始めることもできるし、農業でもカトマンズでの卸売価格を知っていれば業者に買い叩かれることも無い。灌漑や施肥を導入し市場価値の高い商品作物を育てれば生産性と収入は大幅に増える。基礎教育を普及させ情報を活用出来るようになればネパールも豊かな国になれる可能性を持っている。
最初は日本語から始める観光やNGO向けのカトマンズに限定したサイトであっても、将来的にはネパール語や英語等でネパール全土を豊かに出来る情報化支援を目標としたい。奨学金制度はネパール全土でかなりの件数に上っているが、学歴はあっても地方の貧困者は良い仕事に就く事が出来ない。そんな人達に村の情報化を推進するためのインターネットとパソコンとプリンターとデジカメを貸し与えるのだ。村の情報化推進要員として、インターネットカフェを開き、農作物の価格動向や商品作物のニーズ、農業技術や国内・国際情勢を伝えていければ村の知識水準と生活水準は向上する。NGOと連携したプロジェクトについても導入した技術内容や品種を他の村でも利用できるように公開しておけばそのプロジェクトの有効性は高まるし、今後は高い成果を出し情報を公開している村を優先的にプロジェクトの提携先に選ぶようにすればNGOのプロジェクトに対するモチベーションもあがる。これからは貧しい者に援助を与えるのではなく、貧しくとも努力をして成果を出した者に技術支援と融資や投資を行うように変えていかなければネパールは良くならないと思う。そして、その為には情報基盤の整備が必要とされているのである。
情報サイトはWikiaを使い、最初はネパールでの生活情報や保健衛生知識、政治経済の基礎知識やビジネス情報を載せて行こうと考えている。そんなサイトは沢山在るではないかと言われればそのとおりである。ただ、個人のブログ等は沢山あっても、実際に有用な情報を集め必要な情報を検索できるサイトは無い。新聞に掲載される情報に関しても、政治屋の縄張り争い等どうしようもなく低レベルな記事がほとんどである。これでは国民の意識レベルは向上しない。最初は日本語のみの為、保健衛生や現地で手に入る食材や便利な品物等の買い物情報から、彼女にネパール語の翻訳をお願い出来るようになってからは生活をより豊かで便利に出来る情報を載せていきたい。
ネパールで無償のNGO活動というと大変な事をしているように聞こえるかもしれないが、実際にはそんなことは無い。500万ルピーをHimalayan Bankの一年定期預金に預ける際利子を交渉すれば年利11.5%になり、利子だけで生活していく事が出来る。仕事や生活の支援をしてくれるスタッフが必要なら日本語学校等を周れば月に1万ルピーもかからない。(僕の場合は今の彼女が無償で手伝ってくれた。)家電製品や家具なども日本に比べると品質やセンスに問題のある物が多いが、探せばそれなりに良い物が日本よりも遥かに安く手に入る。家賃などは月1万ルピーで夫婦二人でそれなりの生活ができる部屋が借りられる。食事等も良いレストランは探せばあるし、自炊をすれば日本と変わらない食事も出来る。日本では今時少ない素直でかわいい彼女と結婚も出来、ネパール人女性と結婚をすればビサの取得も問題はなくなる。きちんとした情報収集さえ出来れば、円高不況で大変な日本と異なり、ネパールでは結構楽な生活ができるのだ。
それは多くのネパール人にとっても言えることである。マイクロファイナンスで融資を受けビジネスを始めることもできるし、農業でもカトマンズでの卸売価格を知っていれば業者に買い叩かれることも無い。灌漑や施肥を導入し市場価値の高い商品作物を育てれば生産性と収入は大幅に増える。基礎教育を普及させ情報を活用出来るようになればネパールも豊かな国になれる可能性を持っている。
最初は日本語から始める観光やNGO向けのカトマンズに限定したサイトであっても、将来的にはネパール語や英語等でネパール全土を豊かに出来る情報化支援を目標としたい。奨学金制度はネパール全土でかなりの件数に上っているが、学歴はあっても地方の貧困者は良い仕事に就く事が出来ない。そんな人達に村の情報化を推進するためのインターネットとパソコンとプリンターとデジカメを貸し与えるのだ。村の情報化推進要員として、インターネットカフェを開き、農作物の価格動向や商品作物のニーズ、農業技術や国内・国際情勢を伝えていければ村の知識水準と生活水準は向上する。NGOと連携したプロジェクトについても導入した技術内容や品種を他の村でも利用できるように公開しておけばそのプロジェクトの有効性は高まるし、今後は高い成果を出し情報を公開している村を優先的にプロジェクトの提携先に選ぶようにすればNGOのプロジェクトに対するモチベーションもあがる。これからは貧しい者に援助を与えるのではなく、貧しくとも努力をして成果を出した者に技術支援と融資や投資を行うように変えていかなければネパールは良くならないと思う。そして、その為には情報基盤の整備が必要とされているのである。
2011年1月8日土曜日
ブログ再開
長い間ブログを更新しなかったのには訳がある。情報流出等を恐れてか、所属していた先のNGO理事長が事ある毎に小言を言うのである。理事長がつけていたブログが更新されなくなった原因の一つかもしれないという見方もあり、このブログの更新は止めていた。
しかし、この度NGOを辞める事となったのでこのブログも再開することにする。NGOを止めることになった理由は、僕がやりたいことは今のNGOがやっている事とは異なり、このままここに居続けてもそれが実現する事は無いからだ。そして、近いうちにネパール人の彼女と結婚しようという話になったので、今後は彼女と一緒に出来ることを探したほうが良いと思ったからである。
彼女は日本語学校の先生で、僕とは年齢が十九歳も離れていたりする。日本では犯罪だと言われそうだが、ネパールなら在りである。彼女は他のネパール人と結婚するより僕と結婚するほうが幸せになれると思うし、そして僕は彼女を大切にしていくつもりだ。僕がネパールで子供を育てるために学校を創りたいという話にも一応は賛成してくれている。もっとも仕事をきちんとして家を買える位のお金が貯まったらという前提条件付ではあるが・・・。
そんな訳で、僕は急いでお金を稼がねば為らない事になった。今あるお金でも田舎に家を建て、残ったお金の銀行利子で生活する程度のことは出来るのだが、カトマンズを離れるのは嫌だと言われている。その位の障害は何とかして見せなければ、ネパールで理想の教育を実現するなど無理な話だ。ネパール語の話せない僕がこちらで仕事を探すのは大変なのだが、彼女の名義で会社を設立する等方法はいくつかある。ここからが僕の腕の見せ所だ。
乞うご期待!!
しかし、この度NGOを辞める事となったのでこのブログも再開することにする。NGOを止めることになった理由は、僕がやりたいことは今のNGOがやっている事とは異なり、このままここに居続けてもそれが実現する事は無いからだ。そして、近いうちにネパール人の彼女と結婚しようという話になったので、今後は彼女と一緒に出来ることを探したほうが良いと思ったからである。
彼女は日本語学校の先生で、僕とは年齢が十九歳も離れていたりする。日本では犯罪だと言われそうだが、ネパールなら在りである。彼女は他のネパール人と結婚するより僕と結婚するほうが幸せになれると思うし、そして僕は彼女を大切にしていくつもりだ。僕がネパールで子供を育てるために学校を創りたいという話にも一応は賛成してくれている。もっとも仕事をきちんとして家を買える位のお金が貯まったらという前提条件付ではあるが・・・。
そんな訳で、僕は急いでお金を稼がねば為らない事になった。今あるお金でも田舎に家を建て、残ったお金の銀行利子で生活する程度のことは出来るのだが、カトマンズを離れるのは嫌だと言われている。その位の障害は何とかして見せなければ、ネパールで理想の教育を実現するなど無理な話だ。ネパール語の話せない僕がこちらで仕事を探すのは大変なのだが、彼女の名義で会社を設立する等方法はいくつかある。ここからが僕の腕の見せ所だ。
乞うご期待!!
2010年9月24日金曜日
知的共産主義のススメ
ネパールの都市部では子供の教育熱が過熱しており、幼児からの詰め込み教育が普及しつつある。私立学校では暗記を中心とした詰め込み教育から音楽等の教養を取り入れた教育にシフトしつつあるが、バランスのとれた知識や教養を身につけるには本や教養番組等の情報量が絶対的に不足しているように感じる。
以前、ブログの教育の原点で、「自分の思考・感性・知性は自分だけのものだと考えている人は多いが、自我とは己一人で作り上げたものでは決してない。先人から受け継いだ、言語・知識・文化等の土台があり、自分を取り巻く多くの人々との有機的な関係を経て、初めて成り立つものである。」と書いた事がある。
僕は、知的所有権を後進国に押し付けるのはアンフェアで非合理的だと考えている。知性の本質が知識の統合し環境・状況に応じて応用する力だとするなら、知識の絶対量が少ない後進国の人達はビジネスや技術開発競争において先進国の人達に対抗し得ない。現在進んでいる世界経済のグローバル化は格差社会を助長する根源的な欠陥を抱えたシステムだと僕は思っている。その体制を維持するために行われた様々な施策が多くの矛盾と歪みを生み、世界経済に深刻な危機を招いている。経済システムという土台が傾いている上に家(社会)を築いてもきちんとした家は建てられない。社会そのものが経済的な格差を助長し、その格差を子供や民族に受け継がせていくのなら、その様な社会は大多数の人々に幸福をもたらしはしないだろう。己のエゴのみに執着し、地球の環境を汚染し続けるのであれば、その先にあるものは破滅しかない。
僕は人間とは想いや魂そして文化を引き継ぐことの出来る動物だと思っている。知識や文化は共有することによって減るものではない。多くの人々が共有することによってより多くの人達を豊かにし、そしてより多くの改善や発展を経、受け継がれてゆくものである。
衣食足りて礼節を知る。経済的に豊かになった先進国が進むべき道は、物質的な生産力や経済力を追い求めることではなく、心の豊かさ-人間として自分自身の知性や感性を磨き、己の本質や為すべきことを思索・探求することを求めるべきではないであろうか?
未だに多くの人達が飢えと貧困に苦しむ後進国では、経済の発展を阻む要因を解明し、その文化的な要因を埋める必要性をすべての国民が理解し実践すること。
後進国の経済発展を阻害する要因参照
その為には人間性を重視した教育、そして、援助ではなく技術支援と投資こそが必要なのではないかと思っている。
僕は世界が自由で平等だなどとは考えていないが、人間がより自由に生きられる社会、本人の努力によって未来を切り開く事が出来る社会に近づけることは大切なことだと考えている。
グローバル経済に替わる新たな経済の仕組みを創り上げなければならない時期が近づいているように感じられる。
以前、ブログの教育の原点で、「自分の思考・感性・知性は自分だけのものだと考えている人は多いが、自我とは己一人で作り上げたものでは決してない。先人から受け継いだ、言語・知識・文化等の土台があり、自分を取り巻く多くの人々との有機的な関係を経て、初めて成り立つものである。」と書いた事がある。
僕は、知的所有権を後進国に押し付けるのはアンフェアで非合理的だと考えている。知性の本質が知識の統合し環境・状況に応じて応用する力だとするなら、知識の絶対量が少ない後進国の人達はビジネスや技術開発競争において先進国の人達に対抗し得ない。現在進んでいる世界経済のグローバル化は格差社会を助長する根源的な欠陥を抱えたシステムだと僕は思っている。その体制を維持するために行われた様々な施策が多くの矛盾と歪みを生み、世界経済に深刻な危機を招いている。経済システムという土台が傾いている上に家(社会)を築いてもきちんとした家は建てられない。社会そのものが経済的な格差を助長し、その格差を子供や民族に受け継がせていくのなら、その様な社会は大多数の人々に幸福をもたらしはしないだろう。己のエゴのみに執着し、地球の環境を汚染し続けるのであれば、その先にあるものは破滅しかない。
僕は人間とは想いや魂そして文化を引き継ぐことの出来る動物だと思っている。知識や文化は共有することによって減るものではない。多くの人々が共有することによってより多くの人達を豊かにし、そしてより多くの改善や発展を経、受け継がれてゆくものである。
衣食足りて礼節を知る。経済的に豊かになった先進国が進むべき道は、物質的な生産力や経済力を追い求めることではなく、心の豊かさ-人間として自分自身の知性や感性を磨き、己の本質や為すべきことを思索・探求することを求めるべきではないであろうか?
未だに多くの人達が飢えと貧困に苦しむ後進国では、経済の発展を阻む要因を解明し、その文化的な要因を埋める必要性をすべての国民が理解し実践すること。
後進国の経済発展を阻害する要因参照
その為には人間性を重視した教育、そして、援助ではなく技術支援と投資こそが必要なのではないかと思っている。
僕は世界が自由で平等だなどとは考えていないが、人間がより自由に生きられる社会、本人の努力によって未来を切り開く事が出来る社会に近づけることは大切なことだと考えている。
グローバル経済に替わる新たな経済の仕組みを創り上げなければならない時期が近づいているように感じられる。
2010年8月27日金曜日
自分探しの旅
ネパールにいると、個性的な人間に出会う確率が高いように思える。世界や社会に対して自分に出来ることをしたいという人。自分の知らない世界を体験することで見識を高めようとする人。ヒマラヤを初めとする美しい自然を愛し、安らぎを求め、あるいは自分の壁に挑戦をする人。そして、何かの壁にぶつかり、あるいは自分の生きる意味を求め、自分探しの旅を続ける人。
僕自身は日本という社会の中で自分の生きる意味を見出す事ができず、残りの人生を教育にかけてみようと考え、ネパールに訪れた人間だ。ある意味、僕自身、自分探しの旅を続けた結果ネパールという地に辿り着いたとも言える。
しかし僕は、未知の国々や文化を知ることによって自分の本質や人生の意味を知る事が出来るとは考えていない。人間という生き物を知ること、自分の本質を知ることは、地球や人類そして自分自身の歴史の中で人間同士の営みを客観的に分析することにより可能になるのでは無いかと思う。それは自分の望む幻想であってはならない。現実を直視する覚悟を持って、初めて己の進むべき道は見えてくるのだと思う。
僕は人間とは何か。魂とは何か。生きるということの意味。これまでの人生で自分なりの答えは見つけたと考えている。
僕は人間は所詮動物だと考えている。うまい物を食べたいと思うことも、安全で快適な生活をしたいと望むことも、きれいになりたい、強くなりたいと思うこと、魅力的な異性に好感をもたれたいと思うことも動物としての本能である。それらは動物として当たり前の欲求であるが、人間は社会的な動物であるが故に本能が命じる欲求のみにしたがっていたのでは社会はうまく機能しない。
人間は技術を生み出し言葉を話す事で高度な協力を実現した。それにより他の動物より優位に立つ事ができ、文字を生み出し社会を作ることで、子孫に文化を伝え、発展する事ができたのだ。
「我思うゆえに我あり」 当時高校生だった自分はデカルトの言葉を深く考えることも無く受け入れていた。しかし我とは一体何なのか?
人間は言語を介さずに高度な論理的思考を展開する事ができない。そして、言語・技術・文化は数百億もの先人達が何万年もの歳月をかけ研鑽し、練磨し、発展させてきたものだ。その基盤を無くして決して人は高度な論理的思考を為し得ない。自我とは、両親や教師、多くの書物や人間との交流の中で生まれた、ある種の集合意識といってよい。人間とは、想いや文化を、そして魂を受け継ぐ動物であると言う事ができる。しかし、同じ経験や教育を受けても人は同じ人間にはならない。それらをどう受け止め、どう解釈するかによって為り人は違ってくる。その人間としての在り方の形成に最も大きな影響を与えるのが幼児期の環境であり、そして人としてあり方に対する自覚と矜持だと思う。
僕は人間は動物であると思う。しかし、ただの動物のまま終わってはいけないと思う。人は想いを文化を、そして魂を受け継ぐ動物であるのだから。
人は一人では何も大した事はできない。そして、人と人の出会いなど単なる偶然に過ぎない。しかし、人の想いはただの偶然を運命に変える事ができる。僕は、己の想像・想い・そして意思が未来を紡ぐ事をも可能とするのだと信じたい。
「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」 これは維新の志士を導いた一人とされる吉田松陰の辞世の句である。
世界の歴史を客観的に見て、江戸時代末期の日本は欧米の植民地になる可能性が極めて高かった。そして、世界のほとんどの国は帝国主義に染まった欧米列強の植民地と化し、その世界は現在のそれと大きく異なった歴史をたどった可能性は極めて高い。その歴史を覆したのが、坂本龍馬や吉田松陰を初めとする維新の志士達である。(この歴史をここで述べるには長すぎるので知らない人は自分で調べてください。)
今、人間社会は未曾有の危機にある。グローバル経済はシステムとしての破綻を来たし、人類は未だ進むべき未来を思い描けていない。人口爆発はようやく停滞の兆しを見せたが、気候大変動は避けられないであろう。これからますます激しくなる格差社会は社会的弱者を破滅に追いやる。一体何億、何十億の人達が犠牲になるのであろうか?後進国で餓死・病死している人達の数は、第一次・第二次世界大戦の犠牲者と比較にならないほどの人数に達している。世界はこれからもこのような社会的弱者から目をそらし続けるのであろうか?
人の意思は時として世界をも大きく動かす。その流れのきっかけを与えるのは一個人の想いであることも少なくは無いが、そのきっかけを社会の潮流に変えるのは当たり前の日常を当たり前に生きる人々の意思である。世界への関心と生きる意志こそがこの世界を良い流れへと導く。どうか無関心というあきらめのもとに、生きる意志を失わないでもらいたい。
僕自身は日本という社会の中で自分の生きる意味を見出す事ができず、残りの人生を教育にかけてみようと考え、ネパールに訪れた人間だ。ある意味、僕自身、自分探しの旅を続けた結果ネパールという地に辿り着いたとも言える。
しかし僕は、未知の国々や文化を知ることによって自分の本質や人生の意味を知る事が出来るとは考えていない。人間という生き物を知ること、自分の本質を知ることは、地球や人類そして自分自身の歴史の中で人間同士の営みを客観的に分析することにより可能になるのでは無いかと思う。それは自分の望む幻想であってはならない。現実を直視する覚悟を持って、初めて己の進むべき道は見えてくるのだと思う。
僕は人間とは何か。魂とは何か。生きるということの意味。これまでの人生で自分なりの答えは見つけたと考えている。
僕は人間は所詮動物だと考えている。うまい物を食べたいと思うことも、安全で快適な生活をしたいと望むことも、きれいになりたい、強くなりたいと思うこと、魅力的な異性に好感をもたれたいと思うことも動物としての本能である。それらは動物として当たり前の欲求であるが、人間は社会的な動物であるが故に本能が命じる欲求のみにしたがっていたのでは社会はうまく機能しない。
人間は技術を生み出し言葉を話す事で高度な協力を実現した。それにより他の動物より優位に立つ事ができ、文字を生み出し社会を作ることで、子孫に文化を伝え、発展する事ができたのだ。
「我思うゆえに我あり」 当時高校生だった自分はデカルトの言葉を深く考えることも無く受け入れていた。しかし我とは一体何なのか?
人間は言語を介さずに高度な論理的思考を展開する事ができない。そして、言語・技術・文化は数百億もの先人達が何万年もの歳月をかけ研鑽し、練磨し、発展させてきたものだ。その基盤を無くして決して人は高度な論理的思考を為し得ない。自我とは、両親や教師、多くの書物や人間との交流の中で生まれた、ある種の集合意識といってよい。人間とは、想いや文化を、そして魂を受け継ぐ動物であると言う事ができる。しかし、同じ経験や教育を受けても人は同じ人間にはならない。それらをどう受け止め、どう解釈するかによって為り人は違ってくる。その人間としての在り方の形成に最も大きな影響を与えるのが幼児期の環境であり、そして人としてあり方に対する自覚と矜持だと思う。
僕は人間は動物であると思う。しかし、ただの動物のまま終わってはいけないと思う。人は想いを文化を、そして魂を受け継ぐ動物であるのだから。
人は一人では何も大した事はできない。そして、人と人の出会いなど単なる偶然に過ぎない。しかし、人の想いはただの偶然を運命に変える事ができる。僕は、己の想像・想い・そして意思が未来を紡ぐ事をも可能とするのだと信じたい。
「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」 これは維新の志士を導いた一人とされる吉田松陰の辞世の句である。
世界の歴史を客観的に見て、江戸時代末期の日本は欧米の植民地になる可能性が極めて高かった。そして、世界のほとんどの国は帝国主義に染まった欧米列強の植民地と化し、その世界は現在のそれと大きく異なった歴史をたどった可能性は極めて高い。その歴史を覆したのが、坂本龍馬や吉田松陰を初めとする維新の志士達である。(この歴史をここで述べるには長すぎるので知らない人は自分で調べてください。)
今、人間社会は未曾有の危機にある。グローバル経済はシステムとしての破綻を来たし、人類は未だ進むべき未来を思い描けていない。人口爆発はようやく停滞の兆しを見せたが、気候大変動は避けられないであろう。これからますます激しくなる格差社会は社会的弱者を破滅に追いやる。一体何億、何十億の人達が犠牲になるのであろうか?後進国で餓死・病死している人達の数は、第一次・第二次世界大戦の犠牲者と比較にならないほどの人数に達している。世界はこれからもこのような社会的弱者から目をそらし続けるのであろうか?
人の意思は時として世界をも大きく動かす。その流れのきっかけを与えるのは一個人の想いであることも少なくは無いが、そのきっかけを社会の潮流に変えるのは当たり前の日常を当たり前に生きる人々の意思である。世界への関心と生きる意志こそがこの世界を良い流れへと導く。どうか無関心というあきらめのもとに、生きる意志を失わないでもらいたい。
2010年8月13日金曜日
ネパール語
最近はできる限り時間を作ってネパール語を覚えることにしている。
ラクサールの孤児院を訪れた際、ネパールに来て1年余りのJICA日本人スタッフがかなり流暢なネパール語を話していたのが直接のきっかけだ。僕の周りにはネパールに来て結構長い時間を過ごしていてもネパール語が話せない人がかなり多い。僕自身、英語を覚えるのにかかった時間と現在の英語力レベルを考えて、これからネパール語を覚えるのは無理だろうと最初からあきらめていた節がある。しかし、彼のブログを読んで一日十時間以上にわたって何ヶ月も勉強していたという件を読み、己の覚悟の甘さを実感した。しばらくブログを更新していなかったのは時間があればネパール語を覚えていたからで、これから先も更新の頻度は少なくなると思う。
このように書いていればそれなりに話せるようになったと勘違いする人も出てくるかもしれないが、僕のネパール語のレベルは費やした時間に比べ、大して上達していない。英語やフランス語のアルファベットを覚えるのに、それほど時間を費やした覚えは無いのだが、ネパール語は初歩的な読み書きが結構難しい。おまけにきちんとした参考書を日本から持ってこなかった。・・・今更ながら日本での準備を怠ったことを後悔している。
取っ掛かりを掴めば、ネパール語は日本語と文法が似ているので上達は早いと言われているが、これがなかなかに難しい。これはあくまで私見であるが、ネパール語は日本語のように文字や発音の簡略化、外来語の取り込みや整理・体系化を怠っているように見受けられる。PCでの入力もWindowsやフォントにバグがあるものが多く、フォントによって出せない文字が結構ある。僕の知っているネパール人でネパール語を普通にPCで使っている人は誰もいない。このままではネパール語は文化的に衰退の道を歩むのではないかと感じているのは僕だけであろうか?私立学校での授業は英語で行われ、携帯の表示やメールもすべて英語である。インターネットでもネパール語に限らず南アジアやアフリカ諸国の言語は非常に少ないように思われる。
僕は文化には多様性が必要だと考えている人間である。あまりに母数が少ない少数民族の言語や文化は統合・吸収されていくのは歴史的な必然だと思うが、自国の言語や文化に誇りと愛情を持つのであれば、単に学校教育を自国語で行うといった単純なことではなく、言語そのものに改良を加え、自国文化の長所を見直し外国文化の長所と融合させ普及に努めなければグローバル化という歴史の流れの中に消えてゆくだろう。世界中の人達が単一言語を話し、ファーストフードやコンビニエンスストアが立ち並ぶ社会は合理的ではあっても面白みにかけると思うのは僕の個人的な感傷であろうか?
ラクサールの孤児院を訪れた際、ネパールに来て1年余りのJICA日本人スタッフがかなり流暢なネパール語を話していたのが直接のきっかけだ。僕の周りにはネパールに来て結構長い時間を過ごしていてもネパール語が話せない人がかなり多い。僕自身、英語を覚えるのにかかった時間と現在の英語力レベルを考えて、これからネパール語を覚えるのは無理だろうと最初からあきらめていた節がある。しかし、彼のブログを読んで一日十時間以上にわたって何ヶ月も勉強していたという件を読み、己の覚悟の甘さを実感した。しばらくブログを更新していなかったのは時間があればネパール語を覚えていたからで、これから先も更新の頻度は少なくなると思う。
このように書いていればそれなりに話せるようになったと勘違いする人も出てくるかもしれないが、僕のネパール語のレベルは費やした時間に比べ、大して上達していない。英語やフランス語のアルファベットを覚えるのに、それほど時間を費やした覚えは無いのだが、ネパール語は初歩的な読み書きが結構難しい。おまけにきちんとした参考書を日本から持ってこなかった。・・・今更ながら日本での準備を怠ったことを後悔している。
取っ掛かりを掴めば、ネパール語は日本語と文法が似ているので上達は早いと言われているが、これがなかなかに難しい。これはあくまで私見であるが、ネパール語は日本語のように文字や発音の簡略化、外来語の取り込みや整理・体系化を怠っているように見受けられる。PCでの入力もWindowsやフォントにバグがあるものが多く、フォントによって出せない文字が結構ある。僕の知っているネパール人でネパール語を普通にPCで使っている人は誰もいない。このままではネパール語は文化的に衰退の道を歩むのではないかと感じているのは僕だけであろうか?私立学校での授業は英語で行われ、携帯の表示やメールもすべて英語である。インターネットでもネパール語に限らず南アジアやアフリカ諸国の言語は非常に少ないように思われる。
僕は文化には多様性が必要だと考えている人間である。あまりに母数が少ない少数民族の言語や文化は統合・吸収されていくのは歴史的な必然だと思うが、自国の言語や文化に誇りと愛情を持つのであれば、単に学校教育を自国語で行うといった単純なことではなく、言語そのものに改良を加え、自国文化の長所を見直し外国文化の長所と融合させ普及に努めなければグローバル化という歴史の流れの中に消えてゆくだろう。世界中の人達が単一言語を話し、ファーストフードやコンビニエンスストアが立ち並ぶ社会は合理的ではあっても面白みにかけると思うのは僕の個人的な感傷であろうか?
2010年7月24日土曜日
ライフサイエンス
近年はES細胞やiPS細胞、細胞の寿命を決めるテロメアの研究も進み、人間の寿命が大幅に延びる可能性が高まっている。何十年後かの未来には不老長寿なども実現する可能性はある。しかし、それは本当に人類に幸福をもたらすものであろうか?
単細胞生物の多くには寿命が無い。栄養と生存環境が整っており、外敵による脅威がなければ永い時を生き続ける。生命に寿命という概念が生まれたのは、およそ15億年前に有性生殖による子孫が生み出され、生命の多様化が生存競争を激化したことによる必然だと言われている。
有性生殖が生まれる前は、細胞が持つDNAの変異とそれに伴う生存競争のみが、ゆるやかな進化を司っていた。しかし、有性生殖が生まれ生命の進化と多様性が爆発的に進み、現代に至る。
生命進化の歴史から読み取れる原則は多様性と適者生存である。人類は地球上でかつて無い繁栄の時代を築いたが、それは他の生命や自然を絶滅や破壊に追いやって良い訳ではない。地球の生命と自然は、極めて長いサイクルで連鎖と循環をしている。数億年にわたって石油や石炭として固定化した炭素資源を百年程度の短期間で使い尽くせば自然のバランスは崩れるに決まっているし、爆発的な人口増加と都市化や工業化は他の生態系を歪める巨大な圧力となる。
そして、これまでに世界で推し進められているグローバル化は、貧富の経済格差を二極化する。世界を押し潰すまでに増加した人類全員に不老長寿の技術が使われることは有り得ないし、強欲で奸智に長けた一部のエリートのみがその様な長命を得たとき、この世界はどのような事が起きるのであろうか?僕にはそれがとてもおぞましいものに思えてならない。
衣食足りて礼節を知るという諺があるが、現代の資本家達の欲望には限度がない。昔見た映画の一節に「お金は肥料のようなもの」という言葉が出てきたことを覚えている。適切な場所に適切な投資や出費をすることで社会は健全に潤う。お金を独占し、豪華な生活や権力を求める人達が増えると社会は腐敗する。そして彼らは自らを高貴なる者などと名乗り労働者を見下し、如何に低い賃金で酷使するかに知恵を絞ることを知性などと思い違いをする。
僕は人間が老い、死を迎えるのは自然なことだと思っている。人間は肉体だけではなく、精神も老いる。僕の両親は二人とも既に他界しているが、僕は自分の母親が老い、死を迎える過程を共に過ごし看取ることで初めて老いというものを実感した。
僕には現代の社会は間違った方向に進んでいるように思えてならない。国際社会での地域格差はますます広がっているし、先進国内でもグローバル化のため、労働者の賃金切り下げや失業率の上昇など問題は深刻化している。政府の債務超過による通貨危機も深刻だ。後進国への金銭的援助は本当に援助が必要な人達の手に届かず、権力者や汚職をする人、金銭的な援助を受けることを目的としたNGOの人件費に消えてゆく。その上、援助を必要としている貧困国での人口増加は止まらず、貧困者の数はますます増えてゆく。
バイオテクノロジーによる不老長寿は、世界で進んでいる格差社会を決定付け、自然との調和や共生を断ち切る、吸血鬼による世界支配のような恐ろしい技術に思えてならない。
単細胞生物の多くには寿命が無い。栄養と生存環境が整っており、外敵による脅威がなければ永い時を生き続ける。生命に寿命という概念が生まれたのは、およそ15億年前に有性生殖による子孫が生み出され、生命の多様化が生存競争を激化したことによる必然だと言われている。
有性生殖が生まれる前は、細胞が持つDNAの変異とそれに伴う生存競争のみが、ゆるやかな進化を司っていた。しかし、有性生殖が生まれ生命の進化と多様性が爆発的に進み、現代に至る。
生命進化の歴史から読み取れる原則は多様性と適者生存である。人類は地球上でかつて無い繁栄の時代を築いたが、それは他の生命や自然を絶滅や破壊に追いやって良い訳ではない。地球の生命と自然は、極めて長いサイクルで連鎖と循環をしている。数億年にわたって石油や石炭として固定化した炭素資源を百年程度の短期間で使い尽くせば自然のバランスは崩れるに決まっているし、爆発的な人口増加と都市化や工業化は他の生態系を歪める巨大な圧力となる。
そして、これまでに世界で推し進められているグローバル化は、貧富の経済格差を二極化する。世界を押し潰すまでに増加した人類全員に不老長寿の技術が使われることは有り得ないし、強欲で奸智に長けた一部のエリートのみがその様な長命を得たとき、この世界はどのような事が起きるのであろうか?僕にはそれがとてもおぞましいものに思えてならない。
衣食足りて礼節を知るという諺があるが、現代の資本家達の欲望には限度がない。昔見た映画の一節に「お金は肥料のようなもの」という言葉が出てきたことを覚えている。適切な場所に適切な投資や出費をすることで社会は健全に潤う。お金を独占し、豪華な生活や権力を求める人達が増えると社会は腐敗する。そして彼らは自らを高貴なる者などと名乗り労働者を見下し、如何に低い賃金で酷使するかに知恵を絞ることを知性などと思い違いをする。
僕は人間が老い、死を迎えるのは自然なことだと思っている。人間は肉体だけではなく、精神も老いる。僕の両親は二人とも既に他界しているが、僕は自分の母親が老い、死を迎える過程を共に過ごし看取ることで初めて老いというものを実感した。
僕には現代の社会は間違った方向に進んでいるように思えてならない。国際社会での地域格差はますます広がっているし、先進国内でもグローバル化のため、労働者の賃金切り下げや失業率の上昇など問題は深刻化している。政府の債務超過による通貨危機も深刻だ。後進国への金銭的援助は本当に援助が必要な人達の手に届かず、権力者や汚職をする人、金銭的な援助を受けることを目的としたNGOの人件費に消えてゆく。その上、援助を必要としている貧困国での人口増加は止まらず、貧困者の数はますます増えてゆく。
バイオテクノロジーによる不老長寿は、世界で進んでいる格差社会を決定付け、自然との調和や共生を断ち切る、吸血鬼による世界支配のような恐ろしい技術に思えてならない。
2010年7月21日水曜日
カトマンズ市のゴミ処理問題4
カトマンズ市のゴミ処理問題について、市長代理が入院したとかの話で予算が下りなくなり、市の職員は会議に出てこなくなった。
以前、カトマンズ市の腐れ職員はやはりクズだったとブログに記述した事について、知人から注意を受けたが、僕はあの発言を訂正するつもりは無い。
約束は守る。嘘はつかない。自分の仕事には責任を持つ。-人間としてやるべき事をきちんとやってこそ人間としての尊厳は保たれる。約束を4回もすっぽかし、予算書と計画書の提出を1ヶ月以上遅らせて仕事を投げ出してしまった人間に対し、僕は侮蔑の感情を抑える理由を見出せない。
とはいえ、そのおかげで計画を進めやすくなったことには素直に感謝している。市の予算が下りなくとも参加したいと言ってくれた学校は高いモチベーションを持った人達であろうし、計画の舵取りをこちらで取れるようになったこともありがたい。仕事は増えたがこの国を良くする為の努力であるなら苦にはならない。
プラスティックゴミ等の再生工場の見学と指導。ゴミ分別のための手順書作成。コンポスト作成のための手順書作りなどやることは山ほどあるが、ようやくネパールに来て仕事が動き始めたという実感が持てる。一番重要な点は、いかにして子供たちの関心をゴミ処理問題に向け、活動の輪をカトマンズ全市に広めていくかだ。
ある私立学校の協力を得、モデル校として計画を実施することになった。
以下は、その中心となる子供達を集め、組織化するためのステートメントだ。
少し長くなるが読んでみて欲しい。
インバートメント・アンバサダー募集
ネパールはGDPが世界でもっとも少ない最貧国の一つです。けれどもネパールの人達は豊かな心を持っています。それは雄大な自然と動物たちと共に生きる優しい心を持っているからです。この雄大で美しい自然は、世界に誇れる私達の財産です。その美しい自然が、今このカトマンズで失われつつあります。町はゴミで溢れ、多くの車や工場が出す廃棄物が大気や河を汚染しています。
このままゴミ問題を放置すると観光客は減少し、輸出産業の少ないネパールは貧困から抜け出す事ができないでしょう。中国とインドという近い将来世界を動かす超大国に挟まれた私たちは、様々な政治的干渉に苦しむ事となるでしょう。
我々は東洋のスイスを目指すべきだと思うのです。カトマンズを美しい町へと変え、外国人が長期的に生活できる観光都市を目指します。旅行者を増やすことで、外貨を獲得し生活を豊かにします。世界中の国々と仲良くすることによって政治的な干渉から中立を守ります。平和と豊かな自然そして何よりも優しい心を失うことなく、我々子供たちの手によって豊かな未来を築きたいのです。
カトマンズのゴミ問題を解決し、きれいな町へ
ゴミの分別
1.再生可能なゴミを資源として再利用しましょう。
2.生ゴミを肥料に変え、花と緑に溢れる美しい町にしましょう。
3.カトマンズの自然を汚染する問題をみんなで調べ、みんなで解決の方法を考えましょう。
私達の町は私達の手で守らなければなりません。
あなたもこの美しい自然を守る‘インバートメント・アンバサダー’に参加しませんか?
スモーキーマウンテンとスカベンジャー
スモーキー・マウンテン(Smokey Mountain)とは、フィリピンマニラ市北方に位置するスラム街のことです。かつては海岸線に面した一漁村でしたが、1954年に焼却されないゴミの投棄場になりました。それ以来マニラ首都圏からで出たごみが大量に運び込まれ、ゴミの中から廃品回収を行い僅かな日銭を稼ぐ貧民(スカベンジャー)が住み着くようになり、急速にスラム化しました。それら廃棄物の中には人体に良くない物質も多く、病気の人や奇形児の出産率も高まっています。カトマンズ市でもこのまま適切なゴミ処理対策が行われなければ、近い将来同様の惨状を迎えることになります。
Recruitment of Invertment Ambassador
Nepal is one of the world's poorest countries in GDP. But the people of Nepal have a rich spirit and warm heart to co-exist together lively with animals in magnificient nature. This magnificent natural beauty is the fortune that we can be proud of in the world. But now its natural beauty is becoming lost in this Kathmandu. The town is overflowed with garbage, river are polluted in river by factories and air by a lot of cars significantly.
If garbage problems left as it is, tourists visit will be decreased and Nepal can never get out of poverty economy under the current less export-oriented industries. We will suffer from variety of political interference between the world superpower countries in the near future especially China and India.
I think we should aim to Swiss at the east of orient. We can change Kathmandu into a beautiful city, and aims for tourist city in which foreigners live in long-term. As the number of travelers increase, much foreign currency will be earn and people’s life can be enrich. We shall protect from political interference with political neutrality and friendship with countries around the world. Without losing peace, nature, and above all protect the gentle heart, building a wealthy future by children’s own hand.
Let’s resolve Kathmandu’s garbage problem and make a beautiful town
Separation of garbage
1. Let’s re-use the wastes as renewable resources.
2. Let’s turn garbage into compost, and let’s make a beautiful city that full of greenry and flowers.
3. Let’s find out the pollution problems of Kathmandu, and think about how to resolve together.
Our city must be preserved by ourselves.
Why don’t you also participate in 'Invertment Ambassador’ to protect our beautiful nature?
英語は苦手なので、今回はJICAのシニアスタッフとオフィスのスタッフに手伝ってもらった。短い文なので何とかなったが、ネパール語と英語の必要性を認識し、真剣に勉強に取り組むことにした。
以前、カトマンズ市の腐れ職員はやはりクズだったとブログに記述した事について、知人から注意を受けたが、僕はあの発言を訂正するつもりは無い。
約束は守る。嘘はつかない。自分の仕事には責任を持つ。-人間としてやるべき事をきちんとやってこそ人間としての尊厳は保たれる。約束を4回もすっぽかし、予算書と計画書の提出を1ヶ月以上遅らせて仕事を投げ出してしまった人間に対し、僕は侮蔑の感情を抑える理由を見出せない。
とはいえ、そのおかげで計画を進めやすくなったことには素直に感謝している。市の予算が下りなくとも参加したいと言ってくれた学校は高いモチベーションを持った人達であろうし、計画の舵取りをこちらで取れるようになったこともありがたい。仕事は増えたがこの国を良くする為の努力であるなら苦にはならない。
プラスティックゴミ等の再生工場の見学と指導。ゴミ分別のための手順書作成。コンポスト作成のための手順書作りなどやることは山ほどあるが、ようやくネパールに来て仕事が動き始めたという実感が持てる。一番重要な点は、いかにして子供たちの関心をゴミ処理問題に向け、活動の輪をカトマンズ全市に広めていくかだ。
ある私立学校の協力を得、モデル校として計画を実施することになった。
以下は、その中心となる子供達を集め、組織化するためのステートメントだ。
少し長くなるが読んでみて欲しい。
インバートメント・アンバサダー募集
ネパールはGDPが世界でもっとも少ない最貧国の一つです。けれどもネパールの人達は豊かな心を持っています。それは雄大な自然と動物たちと共に生きる優しい心を持っているからです。この雄大で美しい自然は、世界に誇れる私達の財産です。その美しい自然が、今このカトマンズで失われつつあります。町はゴミで溢れ、多くの車や工場が出す廃棄物が大気や河を汚染しています。
このままゴミ問題を放置すると観光客は減少し、輸出産業の少ないネパールは貧困から抜け出す事ができないでしょう。中国とインドという近い将来世界を動かす超大国に挟まれた私たちは、様々な政治的干渉に苦しむ事となるでしょう。
我々は東洋のスイスを目指すべきだと思うのです。カトマンズを美しい町へと変え、外国人が長期的に生活できる観光都市を目指します。旅行者を増やすことで、外貨を獲得し生活を豊かにします。世界中の国々と仲良くすることによって政治的な干渉から中立を守ります。平和と豊かな自然そして何よりも優しい心を失うことなく、我々子供たちの手によって豊かな未来を築きたいのです。
カトマンズのゴミ問題を解決し、きれいな町へ
ゴミの分別
1.再生可能なゴミを資源として再利用しましょう。
2.生ゴミを肥料に変え、花と緑に溢れる美しい町にしましょう。
3.カトマンズの自然を汚染する問題をみんなで調べ、みんなで解決の方法を考えましょう。
私達の町は私達の手で守らなければなりません。
あなたもこの美しい自然を守る‘インバートメント・アンバサダー’に参加しませんか?
スモーキーマウンテンとスカベンジャー
スモーキー・マウンテン(Smokey Mountain)とは、フィリピンマニラ市北方に位置するスラム街のことです。かつては海岸線に面した一漁村でしたが、1954年に焼却されないゴミの投棄場になりました。それ以来マニラ首都圏からで出たごみが大量に運び込まれ、ゴミの中から廃品回収を行い僅かな日銭を稼ぐ貧民(スカベンジャー)が住み着くようになり、急速にスラム化しました。それら廃棄物の中には人体に良くない物質も多く、病気の人や奇形児の出産率も高まっています。カトマンズ市でもこのまま適切なゴミ処理対策が行われなければ、近い将来同様の惨状を迎えることになります。
Recruitment of Invertment Ambassador
Nepal is one of the world's poorest countries in GDP. But the people of Nepal have a rich spirit and warm heart to co-exist together lively with animals in magnificient nature. This magnificent natural beauty is the fortune that we can be proud of in the world. But now its natural beauty is becoming lost in this Kathmandu. The town is overflowed with garbage, river are polluted in river by factories and air by a lot of cars significantly.
If garbage problems left as it is, tourists visit will be decreased and Nepal can never get out of poverty economy under the current less export-oriented industries. We will suffer from variety of political interference between the world superpower countries in the near future especially China and India.
I think we should aim to Swiss at the east of orient. We can change Kathmandu into a beautiful city, and aims for tourist city in which foreigners live in long-term. As the number of travelers increase, much foreign currency will be earn and people’s life can be enrich. We shall protect from political interference with political neutrality and friendship with countries around the world. Without losing peace, nature, and above all protect the gentle heart, building a wealthy future by children’s own hand.
Let’s resolve Kathmandu’s garbage problem and make a beautiful town
Separation of garbage
1. Let’s re-use the wastes as renewable resources.
2. Let’s turn garbage into compost, and let’s make a beautiful city that full of greenry and flowers.
3. Let’s find out the pollution problems of Kathmandu, and think about how to resolve together.
Our city must be preserved by ourselves.
Why don’t you also participate in 'Invertment Ambassador’ to protect our beautiful nature?
英語は苦手なので、今回はJICAのシニアスタッフとオフィスのスタッフに手伝ってもらった。短い文なので何とかなったが、ネパール語と英語の必要性を認識し、真剣に勉強に取り組むことにした。
2010年7月15日木曜日
プチベジタリアン
ネパールの肉屋では結構ショッキングな光景を目にする事がある。家畜の首が棚に並んでいたり、これから屠殺されるであろうヤギが店の前に繋がれていたりする。ダンパスの村に行った際には歓迎の証に、元気に餌をついばんでいる鶏を捕まえて、我々のために腕を奮って御馳走をしてくれた事もあった。
しかし、実際のところ先進国での動物虐待はネパールの比ではない。ネパールではヤギや鶏が人間と同じ場所で生活をしているが、先進国では人の目に触れないところで虐待と虐殺が行われているだけだ。
僕は以前、犬を飼っていた事があるので、動物にも豊かな感情があることを知っている。そのため、アグリビジネスが企業利益追求のため、家畜を狭い畜舎に閉じ込めて、ストレスをためないよう畜舎内は薄暗くし、薬漬けにしている業者が多いと聞いていたとき、あまりのえげつなさに気分が悪くなったのを覚えている。そして、最近では高級和牛のほとんどが品種改良をしたクローン牛だと聞いたとき、人間のおぞましさに言葉を失った。お金のため、ここまで非道な事をする生き物を僕は他に知らない。悪魔という言葉はまさに人間のためにあるのではないかと疑ったものだ。
だからと言って僕は捕鯨反対や動物保護を訴える気はないし、ベジタリアンになる気もない。ただ、肉類をたくさん食べると、腸内細菌叢でウェルシュ菌等、体に悪い物質を生成バクテリアが増え体に良くないことを知り、健康を損なってまで肉料理を食べる必要も無いと思っているだけだ。
ただ、日本では新鮮な魚料理が食べられた。程度の差に過ぎないが、牛乳や卵、魚位なら僕の良心はそれほど痛まない。しょせん世の中は弱肉強食だと思っているし、人間が生きていく以上、清廉潔白ではいられないと思っている。そして成長期の子供達には肉料理も必要なものだと思っている。
そして意外に思われるかもしれないが、ベジタリアンというのは一般に短命である。また、運動能力についてもバランスの良い食生活を送っている人々に比べ劣る事が多い。タンパク質の量もさることながら、健康な生活を送る充分なミネラルが補給できないのだ。
日本で菜食主義を貫いている人は、是非この点だけは気をつけて欲しい。僕は足りないミネラルはシラジットというアユールヴェーダ系のサプリメントで補っている。シラジットが万能の霊薬だとか、精力剤だとか言う人がいるが、これは実際に服用している体験者として嘘だと思う。成分はヒマラヤの高度3000~5000mの断崖絶壁のところから採取される天然の腐植土と植物性有機物の混合物で豊富なミネラルを含む。こんなものに若返りだの精力剤だのという効果があるはずがない。しかし、ベジタリアンの多いネパールやインドの人達には大きな効果があったに違いない。
アユールヴェーダには非科学的で納得できない部分もあるが、西洋医学にはない健康維持のために必要な古代からの知恵が伝えられえいるように思う。西欧文化の合理主義は病気になった後の治療には極めて効果的だが、人間が健康的で幸せに生きるという点についてはあまり考慮がなされて来なかった。
会社の為・社会の為の仕事といっても、人間にはやってはいけない事や踏み外してはいけない一線があると思う。人間が人間らしく生きるために、悠久の時を自然と共生していくために、今一度人間の生き方というものについて考え直してみたい。
しかし、実際のところ先進国での動物虐待はネパールの比ではない。ネパールではヤギや鶏が人間と同じ場所で生活をしているが、先進国では人の目に触れないところで虐待と虐殺が行われているだけだ。
僕は以前、犬を飼っていた事があるので、動物にも豊かな感情があることを知っている。そのため、アグリビジネスが企業利益追求のため、家畜を狭い畜舎に閉じ込めて、ストレスをためないよう畜舎内は薄暗くし、薬漬けにしている業者が多いと聞いていたとき、あまりのえげつなさに気分が悪くなったのを覚えている。そして、最近では高級和牛のほとんどが品種改良をしたクローン牛だと聞いたとき、人間のおぞましさに言葉を失った。お金のため、ここまで非道な事をする生き物を僕は他に知らない。悪魔という言葉はまさに人間のためにあるのではないかと疑ったものだ。
だからと言って僕は捕鯨反対や動物保護を訴える気はないし、ベジタリアンになる気もない。ただ、肉類をたくさん食べると、腸内細菌叢でウェルシュ菌等、体に悪い物質を生成バクテリアが増え体に良くないことを知り、健康を損なってまで肉料理を食べる必要も無いと思っているだけだ。
ただ、日本では新鮮な魚料理が食べられた。程度の差に過ぎないが、牛乳や卵、魚位なら僕の良心はそれほど痛まない。しょせん世の中は弱肉強食だと思っているし、人間が生きていく以上、清廉潔白ではいられないと思っている。そして成長期の子供達には肉料理も必要なものだと思っている。
そして意外に思われるかもしれないが、ベジタリアンというのは一般に短命である。また、運動能力についてもバランスの良い食生活を送っている人々に比べ劣る事が多い。タンパク質の量もさることながら、健康な生活を送る充分なミネラルが補給できないのだ。
日本で菜食主義を貫いている人は、是非この点だけは気をつけて欲しい。僕は足りないミネラルはシラジットというアユールヴェーダ系のサプリメントで補っている。シラジットが万能の霊薬だとか、精力剤だとか言う人がいるが、これは実際に服用している体験者として嘘だと思う。成分はヒマラヤの高度3000~5000mの断崖絶壁のところから採取される天然の腐植土と植物性有機物の混合物で豊富なミネラルを含む。こんなものに若返りだの精力剤だのという効果があるはずがない。しかし、ベジタリアンの多いネパールやインドの人達には大きな効果があったに違いない。
アユールヴェーダには非科学的で納得できない部分もあるが、西洋医学にはない健康維持のために必要な古代からの知恵が伝えられえいるように思う。西欧文化の合理主義は病気になった後の治療には極めて効果的だが、人間が健康的で幸せに生きるという点についてはあまり考慮がなされて来なかった。
会社の為・社会の為の仕事といっても、人間にはやってはいけない事や踏み外してはいけない一線があると思う。人間が人間らしく生きるために、悠久の時を自然と共生していくために、今一度人間の生き方というものについて考え直してみたい。
2010年7月14日水曜日
気候大変動
気候大変動は、日本語では地球温暖化といわれる事が多い。大気中の二酸化炭素濃度が増えることによる温室効果により、数十年~百年後の地球は今より気温が数度上昇するかもしれないという学説である。様々な学説があり、中には地球が氷河期に突入するという学説まであるが、僕は地球温暖化が起きるであろうと予測している。
経済危機と同様にあらかじめ対処法を準備しておけば、日本や欧米のような先進国はある程度、被害を抑える事ができるだろう。しかし、アフリカやバングラディシュのような熱帯・亜熱帯地帯の貧困国はどうなるのであろうか?政府による出産制限もなく、人口増加は地球上で自然と共生できる限界を大幅に超えている。人間が地上で物質的に豊かな生活をするということは、自然を大きく歪めることと同義である。その反動として地球の気候は大規模な異変を起こし、その変動は後進国に住む何億・何十億と人達を貧困そして死に追いやる。
人間は地球に巣食う寄生虫だと考える人もいる。僕自身、グローバル化だのFXだのと物質主義・拝金主義に目を血走らせている人達を見いていると、胸が押しつぶされそうな暗い気持ちになる。打算と保身と世間体に気を配ることで手一杯の人達。そんな人達のエゴが、地球を・力なき人々を・儚き生き物たちを押しつぶす。
今の地球の環境と国際経済の動向を見る限り、希望的な未来は見出せない。人間はそれほどまでにおろかな生き物なのであろうか?結局のところ人間は破局的な困難・試練に遭遇しない限り、自らの行いを省み団結することはないのかもしれない。
しかし、僕はそうでは無いと信じたい。明るい未来への繋がる子供達をこのネパールで育てたいのだ。
永い地球の歴史上、生命活動に激変をもたらす環境の変化は何度もあった。二酸化炭素やメタンガスの温室効果による猛暑や、大気の成分が光合成により二酸化炭素から酸素へと変化したこと。全球凍結や氷河期。しかし、生命はそういった絶滅の危機を乗り越えることにより進化し、海から淡水へ、そして陸地や空に生存領域を広げて行った。
僕は、人類は宇宙で生活・活動することのできる唯一の種であると考えている。しかし、人類が初めて宇宙に出てから数十年の時が過ぎたが、未だ地球の大気と重力の壁は厚く、宇宙での恒常的な生活は遥か彼方にある。
客観的に見て、人間は宇宙という無重力空間で活動するのに他のどの生物よりも適合した形態をしている。月や小惑星から資源を確保し、遠心力を使った人口重力を持つスペースコロニーを創るための原案もできている。大量の資源と人類を宇宙に送り出す方法も僕自身の頭の中では実現可能な領域に達している。僕自身は、人類は宇宙に進出することで新たな進化を迎えうる、地球(宇宙)の歴史的にみて進化の分岐点に立つ貴重な種だと信じたい。
人類は地球にとっての寄生虫・もしくは地上の生命を絶滅へと誘う悪魔なのか、魚類や哺乳類が進化したように新たに宇宙に適応する事ができうる種になるのか?今はまだ誰にもわからない。
経済危機と同様にあらかじめ対処法を準備しておけば、日本や欧米のような先進国はある程度、被害を抑える事ができるだろう。しかし、アフリカやバングラディシュのような熱帯・亜熱帯地帯の貧困国はどうなるのであろうか?政府による出産制限もなく、人口増加は地球上で自然と共生できる限界を大幅に超えている。人間が地上で物質的に豊かな生活をするということは、自然を大きく歪めることと同義である。その反動として地球の気候は大規模な異変を起こし、その変動は後進国に住む何億・何十億と人達を貧困そして死に追いやる。
人間は地球に巣食う寄生虫だと考える人もいる。僕自身、グローバル化だのFXだのと物質主義・拝金主義に目を血走らせている人達を見いていると、胸が押しつぶされそうな暗い気持ちになる。打算と保身と世間体に気を配ることで手一杯の人達。そんな人達のエゴが、地球を・力なき人々を・儚き生き物たちを押しつぶす。
今の地球の環境と国際経済の動向を見る限り、希望的な未来は見出せない。人間はそれほどまでにおろかな生き物なのであろうか?結局のところ人間は破局的な困難・試練に遭遇しない限り、自らの行いを省み団結することはないのかもしれない。
しかし、僕はそうでは無いと信じたい。明るい未来への繋がる子供達をこのネパールで育てたいのだ。
永い地球の歴史上、生命活動に激変をもたらす環境の変化は何度もあった。二酸化炭素やメタンガスの温室効果による猛暑や、大気の成分が光合成により二酸化炭素から酸素へと変化したこと。全球凍結や氷河期。しかし、生命はそういった絶滅の危機を乗り越えることにより進化し、海から淡水へ、そして陸地や空に生存領域を広げて行った。
僕は、人類は宇宙で生活・活動することのできる唯一の種であると考えている。しかし、人類が初めて宇宙に出てから数十年の時が過ぎたが、未だ地球の大気と重力の壁は厚く、宇宙での恒常的な生活は遥か彼方にある。
客観的に見て、人間は宇宙という無重力空間で活動するのに他のどの生物よりも適合した形態をしている。月や小惑星から資源を確保し、遠心力を使った人口重力を持つスペースコロニーを創るための原案もできている。大量の資源と人類を宇宙に送り出す方法も僕自身の頭の中では実現可能な領域に達している。僕自身は、人類は宇宙に進出することで新たな進化を迎えうる、地球(宇宙)の歴史的にみて進化の分岐点に立つ貴重な種だと信じたい。
人類は地球にとっての寄生虫・もしくは地上の生命を絶滅へと誘う悪魔なのか、魚類や哺乳類が進化したように新たに宇宙に適応する事ができうる種になるのか?今はまだ誰にもわからない。
2010年7月1日木曜日
貧困の現実
先日流暢な英語を話す子供連れの女性に騙された。
靴磨きの仕事をしていたが、道具の箱を盗まれ仕事が出来ないという。
デリーから来たという話だったが、赤ん坊のミルクを買って欲しいと店に連れて行かれ、
1000ルピーもの粉ミルクを買わされそうになった。
ネパールで1000ルピーというのはかなりの額だ。
ふざけるな。君は働くべきだという話に戻り、
仕事が見つからない理由やだらしない両親の話、
かなりの数のインド人がカトマンズに来ているという話になった。
すべてを信じたわけではないが、
インドやカトマンズでの彼女らの生活について色々と聞くことが出来たので、
結局400ルピーの粉ミルクを買ってあげ、それで別れることにした。
ストリートチルドレンの話も友達の通訳を通して聞いてみた事があるが、
明らかに同情を引くための作り話で、本当の話は聞き出せなかった。
この町に住んでいる人の話では、都会から帰ってきた若者たちのファッションや携帯電話を見て、
カトマンズに憧れ、田舎から家出してきた子も多いという。
町にはいくつかの子供たちのグループとリーダーが居り、
物乞いをしたお金でチョコレートやシンナーの味を覚えた子供は
保護施設に入れても脱走してしまうという話は何度か聞いた事がある。
警官が定期的にそういう子供たちを施設に入れているので、
ネパール観光年の来年にはほとんどの子供が施設に収容されるといううわさもある。
僕が胸を痛めたのは、腕や足のない物乞いをしている子供だ。
きちんとした言葉は話せなかったが、どうやらインドから連れて来られたらしかった。
ネパールにはインドから来た物乞いがかなりの数いる。
交通事故等で本当に手足を失った人もいるのだろうが、
あきらかに物乞いをさせるために攫われ、手足を切り落とされた子供も実際にいる。
警察に行くべきではと友人に相談したが、警察はこんな事件に関わらないし、
この子供が施設に保護された場合、別の子供が同じ目にあう事になるといわれた。
他にもこの町に住んでいる色々な人たちやNGO経験者にも話を聞いている。
NGOのほとんどが失敗していることは以前から聞いていたが、
実際に失敗した例や体験を聞き文化の違いを改めて実感した。
NGOが本気でネパールの差別や貧困を解決しようとしたとき、
この国の政府と法律は邪魔にしかならない。
実際にNGOの名を借りて人身売買に近いことや幼児虐待をしている組織もあるようだが、
本当の理由は、差別と貧困に苦しむ子供を餌に、外国からの援助金を
上級カーストの人達が掠め取る仕組みではないかと思えてくる。
法律上は
①外国のNGOは現地のカウンターパートを介さなければ直接活動できない。
②年間10万USドル以上の年間活動費を支出している団体でなければINGOとして一般協定を結べない。(現地駐在員の)給与を除く)
③INGOとして一般協定を結んでいなければノンツアリストビサは取得できない
④旅行ビサを除くビサの取得には多くの時間と手間がかかる(それらを比較的簡単に取得するためには賄賂が必要)
その事が原因でよくあるトラブルは
①きちんとした会計報告が上がって来ず、現地経理担当者が経費を着服していた。(ネパールでは読み書きの出来ない人が多いので、きちんとした領収証がもらえない事がある。)
②海外NGOが予算を支援している期間のみ事業が行われ、その期間が終われば自分たちで維持をすることなく支援活動を中止する。
③学校や病院を建設し寄贈したが、運営がうまく行かず、放置された。
④重要な備品等を送付したが現地に届かなかった。
⑤外国のNGOは土地を保有できないので、カウンターパートを介して土地を購入する必要があるが、建物の所有権は土地所有者にあるので、知らない間に建物ごと土地を売却された。
冷静に判断して、ネパールでNGO活動などするべきではないと思う。
政府の方針に従った正規の活動をしている限り、有効に活かされる援助金はほんの一部にしかならないし、ネパールより悲惨な生活をしている国はアフリカ等には少なくない。
そもそもNGO活動などというものが豊かな生活を送っている人間の驕りなのではないかと思うこともある。
それでも誰かがこの現実を変えようとしない限り、この国を含む世界の貧困は変わらない。
それは金銭的な援助であってはいけない気がする。
技術支援と投資、そしてこの救いのない現実に立ち向かう意思と覚悟ではないかと僕は思う。
靴磨きの仕事をしていたが、道具の箱を盗まれ仕事が出来ないという。
デリーから来たという話だったが、赤ん坊のミルクを買って欲しいと店に連れて行かれ、
1000ルピーもの粉ミルクを買わされそうになった。
ネパールで1000ルピーというのはかなりの額だ。
ふざけるな。君は働くべきだという話に戻り、
仕事が見つからない理由やだらしない両親の話、
かなりの数のインド人がカトマンズに来ているという話になった。
すべてを信じたわけではないが、
インドやカトマンズでの彼女らの生活について色々と聞くことが出来たので、
結局400ルピーの粉ミルクを買ってあげ、それで別れることにした。
ストリートチルドレンの話も友達の通訳を通して聞いてみた事があるが、
明らかに同情を引くための作り話で、本当の話は聞き出せなかった。
この町に住んでいる人の話では、都会から帰ってきた若者たちのファッションや携帯電話を見て、
カトマンズに憧れ、田舎から家出してきた子も多いという。
町にはいくつかの子供たちのグループとリーダーが居り、
物乞いをしたお金でチョコレートやシンナーの味を覚えた子供は
保護施設に入れても脱走してしまうという話は何度か聞いた事がある。
警官が定期的にそういう子供たちを施設に入れているので、
ネパール観光年の来年にはほとんどの子供が施設に収容されるといううわさもある。
僕が胸を痛めたのは、腕や足のない物乞いをしている子供だ。
きちんとした言葉は話せなかったが、どうやらインドから連れて来られたらしかった。
ネパールにはインドから来た物乞いがかなりの数いる。
交通事故等で本当に手足を失った人もいるのだろうが、
あきらかに物乞いをさせるために攫われ、手足を切り落とされた子供も実際にいる。
警察に行くべきではと友人に相談したが、警察はこんな事件に関わらないし、
この子供が施設に保護された場合、別の子供が同じ目にあう事になるといわれた。
他にもこの町に住んでいる色々な人たちやNGO経験者にも話を聞いている。
NGOのほとんどが失敗していることは以前から聞いていたが、
実際に失敗した例や体験を聞き文化の違いを改めて実感した。
NGOが本気でネパールの差別や貧困を解決しようとしたとき、
この国の政府と法律は邪魔にしかならない。
実際にNGOの名を借りて人身売買に近いことや幼児虐待をしている組織もあるようだが、
本当の理由は、差別と貧困に苦しむ子供を餌に、外国からの援助金を
上級カーストの人達が掠め取る仕組みではないかと思えてくる。
法律上は
①外国のNGOは現地のカウンターパートを介さなければ直接活動できない。
②年間10万USドル以上の年間活動費を支出している団体でなければINGOとして一般協定を結べない。(現地駐在員の)給与を除く)
③INGOとして一般協定を結んでいなければノンツアリストビサは取得できない
④旅行ビサを除くビサの取得には多くの時間と手間がかかる(それらを比較的簡単に取得するためには賄賂が必要)
その事が原因でよくあるトラブルは
①きちんとした会計報告が上がって来ず、現地経理担当者が経費を着服していた。(ネパールでは読み書きの出来ない人が多いので、きちんとした領収証がもらえない事がある。)
②海外NGOが予算を支援している期間のみ事業が行われ、その期間が終われば自分たちで維持をすることなく支援活動を中止する。
③学校や病院を建設し寄贈したが、運営がうまく行かず、放置された。
④重要な備品等を送付したが現地に届かなかった。
⑤外国のNGOは土地を保有できないので、カウンターパートを介して土地を購入する必要があるが、建物の所有権は土地所有者にあるので、知らない間に建物ごと土地を売却された。
冷静に判断して、ネパールでNGO活動などするべきではないと思う。
政府の方針に従った正規の活動をしている限り、有効に活かされる援助金はほんの一部にしかならないし、ネパールより悲惨な生活をしている国はアフリカ等には少なくない。
そもそもNGO活動などというものが豊かな生活を送っている人間の驕りなのではないかと思うこともある。
それでも誰かがこの現実を変えようとしない限り、この国を含む世界の貧困は変わらない。
それは金銭的な援助であってはいけない気がする。
技術支援と投資、そしてこの救いのない現実に立ち向かう意思と覚悟ではないかと僕は思う。
2010年6月29日火曜日
コミュニティーと文化
先日、同じホテルに泊まっているJICAシニアボランティアの女性と話しをした。語学力については現地に4年いたというだけあって、英語もネパール語もスムーズに話していた。現地の事情にも詳しく、参考になる話も多かった。
一番参考になった話はコミュニティーについての話だった。ネパールの人達は親族やコミュニティーの関係を大切にする。僕が理想と考えているような教育を孤児や貧困に苦しむ母子に対して行うことは、その人達をネパールのコミュニティーから断ち切ることだと指摘された。全く考えたことがなかった訳ではないが、僕がやろうとしていることは新しいコミュニティーを創ろうとしていることだと改めて自覚させられた。しかも、他国に・・・。
その子供たちの将来について色々と考えてきたつもりであったが、その子の母親については・・・? 自分の子供が外国語を話し、自分の家族以外と家族のように親密な会話をしていればどう感じるであろうか?ネパール語で教育をしたとしても、ネパールには様々な民族とカーストがある。その辺りへの配慮を欠くと、母親がそれまで築いてきた人間関係のすべてを壊してしまいかねない。
いくら本やインターネットで調べたつもりでも、僕の浅い知識と経験では想像しきれないことなどいくらでもある。だからといって何も行動しないとことは自分のアイデンティティーの放棄だと僕は思う。色々と調べ、考え、行動し、そして良くないことは正して行かなければならない。
僕はネパールの文化を大切にしたいと考えているが、そのすべてを肯定するつもりは無い。明治維新以降、そして第二次世界大戦以降の日本文化の変革は世界の歴史の中でも最も大きな変化だったと思われる。しかし、我々は日本人としての文化を昔とは違ったものではあれ継承している。江戸時代や弥生時代の昔に生まれた方が良かったと考えたことは無い。
人間が赤ん坊から大人になる過程で、様々な人々との関係の中、色々な経験や知識を得て成長していくように、文化も様々な異文化と接触し変化していくのであろう。それは決して悪いことではなく、それぞれの文化の独自性を保ちながらも良くない伝統を断ち切り、合理的な思想を取り入れて変わってゆくことは文化の成熟に必要なことだと考える。僕は生命進化の原則の一つが多様性であるように、文化にも多様性は必要だと考えている。文化の変容や成熟は必要なことであっても、それは決して情報統制や侵略戦争のような文化の破壊や強制であってはいけないと思う。
僕のやろうとしていることは独善による押し付けではないかと考えさせられることがある。だからと言って止めるつもりはない。差別と貧困の中で失われている命を哀しく思う心は人間として当たり前のことだと思うし、差別や弾圧を知っていて何もしないのは加担しているのと同じことだと思うから。
一番参考になった話はコミュニティーについての話だった。ネパールの人達は親族やコミュニティーの関係を大切にする。僕が理想と考えているような教育を孤児や貧困に苦しむ母子に対して行うことは、その人達をネパールのコミュニティーから断ち切ることだと指摘された。全く考えたことがなかった訳ではないが、僕がやろうとしていることは新しいコミュニティーを創ろうとしていることだと改めて自覚させられた。しかも、他国に・・・。
その子供たちの将来について色々と考えてきたつもりであったが、その子の母親については・・・? 自分の子供が外国語を話し、自分の家族以外と家族のように親密な会話をしていればどう感じるであろうか?ネパール語で教育をしたとしても、ネパールには様々な民族とカーストがある。その辺りへの配慮を欠くと、母親がそれまで築いてきた人間関係のすべてを壊してしまいかねない。
いくら本やインターネットで調べたつもりでも、僕の浅い知識と経験では想像しきれないことなどいくらでもある。だからといって何も行動しないとことは自分のアイデンティティーの放棄だと僕は思う。色々と調べ、考え、行動し、そして良くないことは正して行かなければならない。
僕はネパールの文化を大切にしたいと考えているが、そのすべてを肯定するつもりは無い。明治維新以降、そして第二次世界大戦以降の日本文化の変革は世界の歴史の中でも最も大きな変化だったと思われる。しかし、我々は日本人としての文化を昔とは違ったものではあれ継承している。江戸時代や弥生時代の昔に生まれた方が良かったと考えたことは無い。
人間が赤ん坊から大人になる過程で、様々な人々との関係の中、色々な経験や知識を得て成長していくように、文化も様々な異文化と接触し変化していくのであろう。それは決して悪いことではなく、それぞれの文化の独自性を保ちながらも良くない伝統を断ち切り、合理的な思想を取り入れて変わってゆくことは文化の成熟に必要なことだと考える。僕は生命進化の原則の一つが多様性であるように、文化にも多様性は必要だと考えている。文化の変容や成熟は必要なことであっても、それは決して情報統制や侵略戦争のような文化の破壊や強制であってはいけないと思う。
僕のやろうとしていることは独善による押し付けではないかと考えさせられることがある。だからと言って止めるつもりはない。差別と貧困の中で失われている命を哀しく思う心は人間として当たり前のことだと思うし、差別や弾圧を知っていて何もしないのは加担しているのと同じことだと思うから。
2010年6月23日水曜日
カトマンズ市のゴミ処理問題3
カトマンズ市の職員はやはり仕事に関する責任感を全く持っていない人だった。生ゴミの堆肥化(インバートメント)については充分な研究と実績があるというので現場の見学を申し出たが、多忙を理由に4回約束をすっぽかされた。学生達に指導をする我々が充分な知識と実務経験を持っていなければ話にならない。それなりの資料は作っていたが、実績を確認することは出来ず、信頼する気は毛頭無かった。
仕方が無いのでインターネットで資料を調べ、いくつかの方法を試行することにした。愛媛AI-2と米ぬかによる好気性微生物、そしてEM1号を日本から取り寄せ試してみることにした。
学生に堆肥を作る指導をする際には、学校のクラス単位でまずボカシを作る事から初め、それを各家庭に広める方法が現実的に思えた。こちらでボカシを作った上で私立校の寄宿舎の人達と堆肥を作ってみることにした。
しかし、予算と計画書を既に作っているはずの市の職員からは何の連絡もない。最低限の予算で作れる方法を検討する必要がある。各家庭にコンポスト用のバケツを配る資金など望むべくも無い。米ぬかや籾殻等を大量に入手する先も探さなければならない。正直な話こんな杜撰なプロジェクトをうまく行かせようと言うほうが無理な気がする。
市の職員と最初に仕事をした際、当てにならない味方は敵以上に脅威だと理事長に進言した記憶がある。本当に厄介なことになりそうだ。
仕方が無いのでインターネットで資料を調べ、いくつかの方法を試行することにした。愛媛AI-2と米ぬかによる好気性微生物、そしてEM1号を日本から取り寄せ試してみることにした。
学生に堆肥を作る指導をする際には、学校のクラス単位でまずボカシを作る事から初め、それを各家庭に広める方法が現実的に思えた。こちらでボカシを作った上で私立校の寄宿舎の人達と堆肥を作ってみることにした。
しかし、予算と計画書を既に作っているはずの市の職員からは何の連絡もない。最低限の予算で作れる方法を検討する必要がある。各家庭にコンポスト用のバケツを配る資金など望むべくも無い。米ぬかや籾殻等を大量に入手する先も探さなければならない。正直な話こんな杜撰なプロジェクトをうまく行かせようと言うほうが無理な気がする。
市の職員と最初に仕事をした際、当てにならない味方は敵以上に脅威だと理事長に進言した記憶がある。本当に厄介なことになりそうだ。
2010年6月15日火曜日
情けは人のためならず
僕は事務所から一切お金をもらっていない。事務所にもPCやコピー機等充分な備品を購入するお金がない。よって、何らかの方法でお金を稼がねばならない。
現在のところシラジットというアユールヴェーダ系の健康食品?やNUPURという整髪剤?等、日本で手に入らないものを日本の知人の依頼で個人通信販売代行業をしている。テストケースなのでたいした利益は無い。しかし、反響が良いようなら、GoogleADWordsやAmazon等インターネットを通しての個人の通信販売代行も考えて行きたい。
フェアトレード等についてもいろいろ調べている。以前にも書いたように、僕はネパールのような国にこそ早期教育が必要だと思っている。差別と貧困に苦しんでいる母子家庭はネパールやインドでは非常に多い。子供に物乞いをさせている母親をカトマンズでは良く見かけるが、そういう生活が当たり前になってしまってからでは僕には手の施しようがない。そうなる前に技術と仕事、充分な栄養のある食事と誇りをもった生き方を取り戻してもらわねばならない。
そのために、日本からの技術支援や、母親が働いている時間に子供に日本語の絵本を読んであげたり、折り紙を教えてあげたりといったボランティアの支援が必要となる。
ネパールではアウトカーストの人達は自らをダリッド(壊された人達)と呼んでいる。虐げられ、日本では考えられない貧困の中で生活してきた人達では、誇りと自立心を持った子供を育てることなどほとんど不可能と言って良い。
日本で定年退職をした人達の選択肢の一つとして、快適な老人ホームに入ることより、恵まれない人達に文化を伝えることも考えてもらいたい。ネパールには日本のように充分な医療機関は無い。けれども病院のベットで薬漬けになって息を引き取るより、子供たちの笑顔に囲まれ短くとも生甲斐のある人生を送れるほうが僕には余程魅力的な生き方に感じられる。
日本の年金は破綻状態にあるとよく言われてる。今後、十年二十年後に今の年金額が支払われることはまず無いと思われる。けれどもネパールでなら月に3万円や5万円もあれば、それほど生活に困ることなく生きていける。そして、個人的にはネパールに必要なのは寄付金ではなく海外からの出資だと考えている。誇りと感謝の心を持つ人達が勤勉に働くようになればこの国はきっとすばらしい国になる。
僕は前にネパールにはアジアのスイスを目標にして欲しいと書いたことがある。日本人だけでなく、いろいろな先進国の人達が老後をこの国で過ごすようになれば、中国とインドという将来世界で最も力を持つであろう大国もネパールに無理な要求を出来なくなる。自国民が居住している以上、多くの先進国に庇って貰えると考えられるからである。この国が平和を維持するためには先進国の長期滞在を受け入れやすくすることが一番良い方法だと思うのである。
現在のところシラジットというアユールヴェーダ系の健康食品?やNUPURという整髪剤?等、日本で手に入らないものを日本の知人の依頼で個人通信販売代行業をしている。テストケースなのでたいした利益は無い。しかし、反響が良いようなら、GoogleADWordsやAmazon等インターネットを通しての個人の通信販売代行も考えて行きたい。
フェアトレード等についてもいろいろ調べている。以前にも書いたように、僕はネパールのような国にこそ早期教育が必要だと思っている。差別と貧困に苦しんでいる母子家庭はネパールやインドでは非常に多い。子供に物乞いをさせている母親をカトマンズでは良く見かけるが、そういう生活が当たり前になってしまってからでは僕には手の施しようがない。そうなる前に技術と仕事、充分な栄養のある食事と誇りをもった生き方を取り戻してもらわねばならない。
そのために、日本からの技術支援や、母親が働いている時間に子供に日本語の絵本を読んであげたり、折り紙を教えてあげたりといったボランティアの支援が必要となる。
ネパールではアウトカーストの人達は自らをダリッド(壊された人達)と呼んでいる。虐げられ、日本では考えられない貧困の中で生活してきた人達では、誇りと自立心を持った子供を育てることなどほとんど不可能と言って良い。
日本で定年退職をした人達の選択肢の一つとして、快適な老人ホームに入ることより、恵まれない人達に文化を伝えることも考えてもらいたい。ネパールには日本のように充分な医療機関は無い。けれども病院のベットで薬漬けになって息を引き取るより、子供たちの笑顔に囲まれ短くとも生甲斐のある人生を送れるほうが僕には余程魅力的な生き方に感じられる。
日本の年金は破綻状態にあるとよく言われてる。今後、十年二十年後に今の年金額が支払われることはまず無いと思われる。けれどもネパールでなら月に3万円や5万円もあれば、それほど生活に困ることなく生きていける。そして、個人的にはネパールに必要なのは寄付金ではなく海外からの出資だと考えている。誇りと感謝の心を持つ人達が勤勉に働くようになればこの国はきっとすばらしい国になる。
僕は前にネパールにはアジアのスイスを目標にして欲しいと書いたことがある。日本人だけでなく、いろいろな先進国の人達が老後をこの国で過ごすようになれば、中国とインドという将来世界で最も力を持つであろう大国もネパールに無理な要求を出来なくなる。自国民が居住している以上、多くの先進国に庇って貰えると考えられるからである。この国が平和を維持するためには先進国の長期滞在を受け入れやすくすることが一番良い方法だと思うのである。
2010年6月14日月曜日
ネパールへの長期滞在の壁
こちらに来てから迷っていたことがある。NGO活動を行うに当たってネパールでの長期滞在VISAをどうやって取るかについてである。理事長の話では今までのカトマンズ事務所はすべて自分でVISAを取得していたらしい。
まず、このNGOで長期的にやって行けるのかという問題がある。僕の理想はあくまで自分を慕ってくれる身寄りのない子供たちのために小さな学校を創りたい。ただそれだけである。困っている人を助けてあげたいという気持ちは僕の中にもある。ネパールが抱えている人身売買や人種差別、貧困や都市インフラ等の問題を理事長が解決したいと考えているのならその手助けをしたいと本気で思っていた。しかし、うちの理事長は「我わが道を行く」タイプの人で僕の意見に耳を貸すことはほとんど無い。孤児院を建設するというプロジェクトは現実に動き出しているが、その中に僕の理想の教育に対する理念が組み入れられることは無い。そして、日本語が話せるスタッフ二人は理事長に命令された仕事をこなすことに手一杯で僕が彼らの力を借りることはほとんど出来ない。つまり、ネパール語が話せない僕はこの国に来て自分で誇りに思える仕事をしたことなどまだ一度も無いのだ。
そして、この国で長期滞在のVISAをとるのは簡単なことではない。ノンツアリストビサを取るのは非常に面倒な手続きが必要でかなりのお金もかかる。トリブヴァン大学付属のビソバサ日本語学校に入学するためのスタディービサ位ならそれほど苦労はしないが、せいぜい数年の滞在が限度だ。ネパリの女性と結婚するのが一番楽だが、長期滞在をするVISAを取得するために心の通い合っていない女性と結婚するなど論外だ。
正直な気持ちとして、ネパールの法律と公務員の勤務態度を見ているとネパールで困っている人達の力になってあげたいという気持ちが萎えて来る。世界中に困っている子供達がいる国などたくさんある。どうしてもネパールで活動をしなければならない理由は僕には無い。
事務所に任せていてもなかなか動き出しそうに無かったので、自分で出来るところまでやってみることにした。正規の続きでVISAが取れないなら、この国から去るだけだ。
僕がそう口にしたとき、日本語の話せるネパール人の友人が仕事を休んで手伝いに来てくれた。子供たちの力になりたいという夢を持ってネパールに来たなら簡単にあきらめないで欲しい。自分も出来る限り力になりますといってくれた。彼の両親は彼が7歳の時に亡くなっている。それ以降はおばさんの家で育てられ、日本にも留学している。もちろん、お金等は一切請求されていない。
カトマンズでは日本人を見るとお金目当てで近づいてくる人間も少なくないが、旅行雑誌で書かれているように危ない人達ばかりでは無い。パスポートを置き忘れたとき届けてくれた人。風邪で体調を崩したとき薬をくれた人、そして、今回のように自分の仕事を休んでまで力になってくれる人もいる。この国の素朴でやさしい人達のために、出来る限りのことをしてみようと思った。
まず、このNGOで長期的にやって行けるのかという問題がある。僕の理想はあくまで自分を慕ってくれる身寄りのない子供たちのために小さな学校を創りたい。ただそれだけである。困っている人を助けてあげたいという気持ちは僕の中にもある。ネパールが抱えている人身売買や人種差別、貧困や都市インフラ等の問題を理事長が解決したいと考えているのならその手助けをしたいと本気で思っていた。しかし、うちの理事長は「我わが道を行く」タイプの人で僕の意見に耳を貸すことはほとんど無い。孤児院を建設するというプロジェクトは現実に動き出しているが、その中に僕の理想の教育に対する理念が組み入れられることは無い。そして、日本語が話せるスタッフ二人は理事長に命令された仕事をこなすことに手一杯で僕が彼らの力を借りることはほとんど出来ない。つまり、ネパール語が話せない僕はこの国に来て自分で誇りに思える仕事をしたことなどまだ一度も無いのだ。
そして、この国で長期滞在のVISAをとるのは簡単なことではない。ノンツアリストビサを取るのは非常に面倒な手続きが必要でかなりのお金もかかる。トリブヴァン大学付属のビソバサ日本語学校に入学するためのスタディービサ位ならそれほど苦労はしないが、せいぜい数年の滞在が限度だ。ネパリの女性と結婚するのが一番楽だが、長期滞在をするVISAを取得するために心の通い合っていない女性と結婚するなど論外だ。
正直な気持ちとして、ネパールの法律と公務員の勤務態度を見ているとネパールで困っている人達の力になってあげたいという気持ちが萎えて来る。世界中に困っている子供達がいる国などたくさんある。どうしてもネパールで活動をしなければならない理由は僕には無い。
事務所に任せていてもなかなか動き出しそうに無かったので、自分で出来るところまでやってみることにした。正規の続きでVISAが取れないなら、この国から去るだけだ。
僕がそう口にしたとき、日本語の話せるネパール人の友人が仕事を休んで手伝いに来てくれた。子供たちの力になりたいという夢を持ってネパールに来たなら簡単にあきらめないで欲しい。自分も出来る限り力になりますといってくれた。彼の両親は彼が7歳の時に亡くなっている。それ以降はおばさんの家で育てられ、日本にも留学している。もちろん、お金等は一切請求されていない。
カトマンズでは日本人を見るとお金目当てで近づいてくる人間も少なくないが、旅行雑誌で書かれているように危ない人達ばかりでは無い。パスポートを置き忘れたとき届けてくれた人。風邪で体調を崩したとき薬をくれた人、そして、今回のように自分の仕事を休んでまで力になってくれる人もいる。この国の素朴でやさしい人達のために、出来る限りのことをしてみようと思った。
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